長崎俊樹 院長ブログ[日本甲状腺学会認定 甲状腺専門医 橋本病 バセドウ病 甲状腺エコー 長崎甲状腺クリニック 大阪]

2021.02.01

甲状腺の歴史

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こんにちは。甲状腺(橋本病,バセドウ病,甲状腺エコー等)・動脈硬化内分泌代謝 専門の長崎甲状腺クリニック(大阪)院長 長崎俊樹です。日本甲状腺学会認定 甲状腺専門医として甲状腺機能低下症,橋本病,甲状腺機能亢進症,バセドウ病,内分泌などのホットな話題をお届けします。

本日は甲状腺の歴史のお勉強です。実は、筆者も最近まで知りませんでした。以下は日本甲状腺外科学会50周年記念誌を参考にしています。

紀元2世紀、既に頚部腫瘤に対する切除手術が行われていました。ガレノス(ローマ帝国時代のギリシアの医学者)は、映画グラディエーターの時代、ローマ皇帝マルクス・アウレリウス・アントニウスの典医であり、多くの外科手術を行っていたそうです。ガレノスは、頚部腫瘤(おそらく甲状腺腫瘤も多く含まれていたはず)切除の後に声が出なくなるのは、反回神経を傷付けるのが原因である事を、豚を使った実験で証明しました。ローマ時代に既に甲状腺手術が行われていたとは・・・。

1656年、イギリスの解剖学者トマス・ウォートン (Thomas Wharton)が甲状腺をthyroidと命名。

1883年、まだホルモンと言う概念は存在せず、甲状腺ホルモンも見つかっていませんでした。ロンドン臨床医学会で、「クレチン症」「粘液水腫」「甲状腺切除後悪液質」は甲状腺機能が失なわれた同じ病態の可能性が提唱され、後に甲状腺機能低下症となります。(ちなみに、甲状腺機能低下症橋本病でない事がお分かりいただけると思います)

写真は、コッヘル鉗子の発明者でノーベル賞医学者、エミール・テオドール・コッハー(Emil Theodor Kocher、1841年8月25日-1917年7月27日)が残した巨大甲状腺腫のスケッチ。こりゃあ切るしかないわな。コッハーは1876年に最初の甲状腺全切除に成功、1883年には甲状腺全切除によって甲状腺切除後悪液質(現在で言う甲状腺全摘出後甲状腺機能低下症)に至ることを報告しました。 甲状腺機能の低下が、甲状腺ホルモンの低下が原因と分かるのは、まだまだ先の事。

写真の姉妹は、コッハーが論文に残した甲状腺切除後悪液質の患者、マリー・ビッシェルと妹。左写真は11歳時に甲状腺切除されたマリー・ビッシェル(右)と妹(左)で、姉の方が大きいですが、右写真は20歳の姉(左)の方が小さく、顔面・手がむくんでいます。精神遅滞も来し、自分で服を着る事も出来なかったそうです(Arch Klin Chir 29:254, 1883.)

治療として、動物の甲状腺を食べるのが有効である事も見つかり、Edward Foxは「週1回、羊の甲状腺を半分、軽くソテーして野イチゴジャムを添えて」食べることを勧めた。現在は、もう製造されていませんが、豚の甲状腺で作った乾燥甲状腺「チラーヂン末」(現在のチラーヂンSが開発される前の原始的な薬)へと発展していきます。

1912年、我らが橋本策(はかる)博士が、struma lymphomatosa(リンパ球浸潤した甲状腺腫、リンパ球性甲状腺炎)を発表します(第一次世界大戦前のドイツで)。橋本策博士は、甲状腺機能低下症とは、一言も言っていません(甲状腺機能低下症橋本病と違う)。(橋本病(慢性甲状腺炎)とは )

今日は「甲状腺の歴史」の話でした。

詳しくは 甲状腺の歴史(医学史コーナー) を御覧ください。

文責:長崎甲状腺クリニック(大阪)院長 日本甲状腺学会認定 甲状腺専門医 長崎俊樹

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