甲状腺髄様癌(散発性甲状腺髄様癌,遺伝性甲状腺髄様癌,リンパ節転移,FMTC,再発)[甲状腺機能低下症 長崎甲状腺クリニック 大阪]
甲状腺の基礎知識を初心者でもわかるように、長崎甲状腺クリニック(大阪府大阪市東住吉区)院長が解説します。
その他、甲状腺の基本的な事は甲状腺の基本(初心者用) 橋本病の基本(初心者用)を、高度で専門的な知見は甲状腺編 甲状腺編 part2 を御覧ください。
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Summary
甲状腺髄様癌はカルシトニンを作る甲状腺傍濾胞細胞(C細胞)の癌で、約30%は遺伝性(常染色体優性)(FMTC,MEN2型)のRET遺伝子変異。約70%は非遺伝性(散発性)。主にRET遺伝子(受容体依存性チロシンキナーゼ遺伝子)変異。甲状腺微小髄様癌の75%が他の甲状腺癌に合併して見つかる。術後再発予測に腫瘍マーカーの血清カルシトニン・CEA測定。予後予測は血清カルシトニン値のダブリングタイム。10年生存率は散発型甲状腺髄様癌が88%、MEN 2A型が93%、MEN 2B型が92%、家族性甲状腺髄様癌(FMTC)が100%。
カルシトニンとCEAが上昇、リンパ節転移(ラグビーボール状)。細胞診の診断率は60%、細胞像は多様。核内クロマチンは粗くゴマ塩状、背景にアミロイド様物質。確定診断後のRET遺伝子検査が保険適応。
Keywords
甲状腺髄様癌,遺伝性,RET遺伝子変異,カルシトニン,散発性甲状腺髄様癌,リンパ節転移,FMTC,再発,家族性甲状腺髄様癌,10年生存率
甲状腺ホルモン合成を行う濾胞組織の辺縁に、傍濾胞細胞(C細胞)があります。C細胞は、胎生期の神経堤に由来する神経内分泌細胞です。C細胞を通常のヘマトキシリン-エオジン(HE)染色で同定するのは困難なため、免疫組織化学的にカルシトニンを染色(発色剤でラベルした抗カルシトニン抗体を反応させる)すると認識できます。
甲状腺髄様癌の型
甲状腺髄様癌は約30%は遺伝性(常染色体優性遺伝)であり、
- 約70%は非遺伝性(散発性)
- 約20%は遺伝性の多発性内分泌腫瘍症2型[Multiple Endocrine Neoplasia type 2、略してMEN (メン) 2型]
- 約10%は家族性甲状腺髄様癌(FMTC);浸透率が低く、発症年齢も遅い。MEN2A型の亜型とする意見が強くなっています。
です。
染色体10番長腕に位置するRET遺伝子(受容体依存性チロシンキナーゼ遺伝子)の変異が、
- MEN 2型および家族性甲状腺髄様癌(FMTC)の約95%
- 非遺伝性(散発性)甲状腺髄様癌の約50%
に証明されます。RET遺伝子変異は機能獲得型変異で、リガンド(受容体に結合して活性化させる物質)がなくてもチロシンキナーゼが勝手に活性化され、腫瘍化がおこります。(JAMA 1996;276:1575-1579.)。
遺伝性甲状腺髄様癌のRET遺伝子変異
(専門的過ぎます。医療関係者以外の方は無視してください。)
遺伝型髄様癌のRET遺伝子変異は病型によって特定部位に集中しており、
- MEN2AのRET遺伝子変異:エクソン10(コドン609, 611, 618, 620)、エクソン11(コドン634)(変異の80%)など
- FMTCのRET遺伝子変異:エクソン10( コドン609, 611, 618, 620)、エクソン11(コドン630, 631, 634, 649, 666),エクソン13(コドン768)、エクソン14(コドン804, 819, 844)、エクソン15(コドン866,891)
- MEN2BのRET遺伝子変異:95%がエクソン16(コドン918)
10mm未満の甲状腺微小髄様癌は、75%が他の甲状腺癌に合併して見つかります(Pathol Res Pract. 2014 Mar;210(3):182-5.)。甲状腺微小髄様癌は、
- リンパ節転移も存在し、全例が手術適応に成るものの、浸潤性は通常の甲状腺髄様癌より低い(World J Surg. 2000 Nov;24(11):1373-6.)
- 多発性と遠隔転移は通常の甲状腺髄様癌と同じ
浸潤性とリンパ節転移は通常の甲状腺髄様癌より少ない(World J Surg. 2017 Oct;41(10):2551-2558.)
- RET遺伝子変異が通常の甲状腺髄様癌とは異なる(Thyroid. 2012 May;22(5):476-81.)
- 5mm未満、単発性でも血清カルシトニンは上昇する(Ann Surg Oncol. 2009 Oct;16(10):2875-81.)
などの特徴があります。
甲状腺髄様癌の検査、細胞診、シンチグラフィ、RET遺伝子検査
甲状腺髄様癌の細胞診は約50-60%の診断率。腫瘍細胞は少なく、多形細胞・類円形細胞(豊富な細胞質の細胞、核は偏在)、紡錘形細胞など多様。核内クロマチンは粗くゴマ塩状、背景にアミロイド様無構造物質。カルシトニン染色、アミロイドのコンゴレッド染色が有用。I-123 MIBGシンチグラフィーの感度は約40%、オクトレオチドシンチグラフィーは乳頭癌、濾胞癌でも同率で陽性になり意味無し。甲状腺髄様癌が確定すると遺伝カウンセリングとインフォームド・コンセントの後、RET遺伝子検査が可能。RET遺伝子変異の種類から甲状腺髄様癌の型を診断、切除範囲決め、予後予測。
甲状腺髄様癌,細胞診,アミロイド,MIBGシンチグラフィー,オクトレオチドシンチグラフィー,RET遺伝子検査,RET遺伝子変異,検査,診断,遺伝カウンセリング
(以下の細胞診の所見は、医療関係者以外の方は無視してください。写真のみご覧になり、「こんなものか」と思っていただければ十分です。)
甲状腺髄様癌の細胞診断は比較的容易と強科書に書いてありますが、実際、それほど容易でなく、45.7-63%の診断率とされます[J Surg Oncol.2005;91:56-60, Endocr Pract.2013;19:920-7.]。筆者自身の経験でも、それ位です。
甲状腺髄様癌の細胞像は
- 腫瘍細胞は少なく、多形細胞・類円形細胞(豊富な細胞質の細胞、核は偏在)、紡錘形細胞など多様
- 島状・索状の細胞集団
- 細胞間の結合性は低下し、散在傾向
- 大型核・多核・偏在する核もあるが、核膜は薄く不整が無い
- 核内クロマチンは粗くゴマ塩状(神経内分泌腫瘍の特徴である)、核内細胞質封入体を認めることも
- 背景にアミロイド様の無構造物質がみられることも
(写真;バーチャル臨床甲状腺カレッジより)
(左)多形細胞・類円形細胞。大型核・偏在する核、核膜は薄く不整が無い、核内クロマチンは粗くゴマ塩状
(右)紡錘形細胞。背景にアミロイド様の無構造物質
実際、こんな典型的な所見は見た事がありません。
ヨードMIBGシンチグラム(I-123 MIBGシンチグラフィー)/
教科書的には、比較的簡単に診断できるとされる甲状腺髄様癌。しかし、必ずしもカルシトニンが上昇せず(前述の如くカルシウム負荷では上昇、FNA-カルシトニンで陽性)、超音波検査(エコー)でも腺腫様結節と区別難、甲状腺髄様癌と確定できないのでRET遺伝子検査も行えない。
この様な場合、副腎の褐色細胞腫の診断に欠かせないヨードMIBGシンチグラム(I-123 MIBGシンチグラフィー)が有用な場合があります。甲状腺髄様癌も、副腎の褐色細胞腫も同じ神経内分泌細胞が起源なので当然と言えます[両者が合併する多発性内分泌腺腫症2型(MEN2)があります]。
ただ、甲状腺髄様癌に対するヨードMIBGシンチグラム(I-123 MIBGシンチグラフィー)の感度はさほど高くなく、38.7%とされます(Q J Nucl Med Mol Imaging. 2008 Dec;52(4):430-40.)
※ヨードMIBGシンチグラム(I-123 MIBGシンチグラフィー)は、褐色細胞腫しか保険適応がありません。
オクトレオチドシンチグラフィ(オクトレオスキャン®)
オクトレオチドシンチグラフィーの有効性も報告されています。認可されているオクトレオスキャン®は膵臓、消化管、肺、気管支などの神経内分泌腫瘍に保険適応があり、医学的には甲状腺髄様癌も含まれますが、保険診療上は認められない可能性が高いです(おそらく、審査する側は専門知識が無いため)。
オクトレオチドシンチグラフィーは、ソマトスタチン受容体シンチグラフィー(SRS)とも言われます。甲状腺髄様癌などの神経内分泌腫瘍は、ソマトスタチン受容体を持っているため、放射性同位元素(アイソトープ)でラベルしたソマトスタチン様の合成ホルモンに結合します。(ソマトスタチンは、神経内分泌細胞のホルモン分泌を制御するホルモンです)
しかし、困った事にオクトレオチドシンチグラフィーは、分化型甲状腺癌(乳頭癌、濾胞癌)でも、甲状腺髄様癌と同率で陽性になるため意味がありません。
RET遺伝子変異は散発性髄様癌で60%以上、遺伝性髄様癌で90%以上に認められます[Curr Opin Oncol. 2012 May;24(3):229-34.]。逆に、散発性髄様癌の40%未満、遺伝性髄様癌の10%未満がRET遺伝子変異陰性なのは、意外な気がします(一体、どんな遺伝子変異なのだろうか?)。
甲状腺髄様癌のRET遺伝子検査が、2016 年4 月より保険適応となりました(但し、甲状腺髄様癌が確定した患者のみで、血縁者は自費。遺伝子検査に先立って遺伝カウンセリングと遺伝子検査実施に関するインフォームド・コンセントが必須。)
甲状腺髄様癌が、確定または、ほぼ確定すると、RET遺伝子変異の種類から甲状腺髄様癌の型(甲状腺髄様癌の原因)を診断し、切除範囲の決定、予後の予測等を行います。
例え、家族歴や随伴症状・既往歴から散発型と考えられても、そのうちの10~15%ははRET遺伝子検査により遺伝性と診断されます。そのため、遺伝性か散発性かの最終診断にはRET遺伝子検査の実施が推奨されています。(Thyroid. 2015 Jun;25(6):567-610.)(Ann Endocrinol (Paris). 2019 Jun;80(3):187-190.)
RET遺伝子変異のほとんどはミスセンス変異であるため、正常の遺伝子多型との区別が必要です。遺伝子多型(polymorphism)を遺伝子変異と誤って解釈すると、不必要な予防的甲状腺全摘手術が行われる可能性があります。
具体的なRET遺伝子変異は上記 甲状腺髄様癌の原因 を御覧ください。
現時点では、検査会社により検索するエクソン部位・費用・報告書の記載方法などが異なるため、改善の余地があります。
※長崎甲状腺クリニック(大阪)ではRET遺伝子変異検査を行っておりません。
甲状腺髄様癌の転移検索は、
- 甲状腺乳頭癌と同様、肺・骨・脳のCT/MRI
- I-123 MIBGシンチグラフィー(MEN (メン) 2型の副腎褐色細胞腫の検索も兼ねる)
- 甲状腺乳頭癌と同様、PET/CT
甲状腺髄様癌の手術後のフォローアップとして、
- 甲状腺髄様癌の術後再発予測には、腫瘍マーカーの血清カルシトニン値およびCEA値を測定。
- 甲状腺髄様癌の予後予測には、血清カルシトニン値の倍加時間[ダブリングタイム:doubling time(DT)]を計算(Ann Surg 1984;199:461-466.)。カルシトニンダブリングタイム(倍加時間)は、唯一の独立した生命予後予測因子です[カルシトニンDT(ダブリング タイム)]。
最も予後の悪い多発性内分泌腺腫症2B型(MEN2B)でも、比較的若年で診断して、甲状腺全摘術すればよし。再発しても、転移巣に対する摘除術を繰り返せば長期生存可能な様です。京都府立医科大学の報告では、7 歳時に甲状腺全摘術、3 か月後、8 歳、9 歳、14 歳、21 歳時に再発巣および頸部リンパ節転移の摘除術を施行。その間、縦隔、肝、肺、左腸骨、左肩甲骨に転移巣が出現するも25 歳(18年後)まで生存。(第57回 日本甲状腺学会 P1-061 甲状腺髄様癌多発転移を有するMEN2B 女性例の長期経過)
徳島大学の報告では、多発性内分泌腺腫症2B型(MEN2B)の5年生存率は100%、10年生存率は92%、15年生存率は88%(Endocr J. 1993 Dec;40(6):649-57.)。先程の慶応大学の報告とは異なります。
2番目に予後の悪い非遺伝性(散発型)でも3年後にリンパ節再発、17年後に多発性肺転移し、その後徐々に病巣拡大するも無症状・無治療で18年間生存。(第54回 日本甲状腺学会 P166 35年経過した甲状腺髄様癌多発性転移の一例)
3番目に予後の悪い多発性内分泌腺腫症2A型(MEN2A)の10年生存率は90%以上です。肺転移があり、両側副腎および甲状腺全摘出術施行後12年経ってCEA、カルシトニン高値が続いても生存。(第56回 日本甲状腺学会 P2-093 甲状腺全摘後CEA、カルシトニンの高値が持続するも長期生存している多発性内分泌腫瘍2a 型の一例)
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長崎甲状腺クリニック(大阪)とは
長崎甲状腺クリニック(大阪)は日本甲状腺学会認定 甲状腺専門医[橋本病,バセドウ病,甲状腺超音波(エコー)検査など]による甲状腺専門クリニック。大阪府大阪市東住吉区にあります。平野区,住吉区,阿倍野区,住之江区,松原市,堺市,羽曳野市,八尾市,天王寺区,東大阪市,生野区,浪速区も近く。