甲状腺髄様癌と多発性内分泌腺腫症2型(MEN2)/甲状腺乳頭癌と多発性内分泌腺腫症1型(MEN1)[橋本病 バセドウ病 長崎甲状腺クリニック(大阪)]
甲状腺:専門の検査/治療/知見② 橋本病 バセドウ病 甲状腺エコー 長崎甲状腺クリニック大阪
甲状腺専門の長崎甲状腺クリニック(大阪府大阪市東住吉区)院長が海外・国内論文に眼を通して得た知見、院長自身が大阪市立大学 代謝内分泌病態内科学教室で得た知識・経験・行った研究、日本甲状腺学会で入手した知見です。
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甲状腺編 では収録しきれない専門の検査/治療です。
Summary
多発性内分泌腺腫症(MEN)は、複数の内分泌臓器に良悪性の腫瘤が生じる常染色体優性遺伝性疾患。甲状腺髄様癌の20%は多発性内分泌腫瘍症2型[MEN2]。MEN2は、がん遺伝子であるRET遺伝子(受容体依存性チロシンキナーゼ遺伝子)の機能獲得型変異で、遺伝子診断が普及。MEN2A(94%)は、ほぼ100%に甲状腺髄様癌、68%に副腎の褐色細胞腫(半数は両側)、13%に副甲状腺機能亢進症(軽症)[MEN 2Bは粘膜下神経腫、神経節腫など]。多発性内分泌腺腫症1型(MEN1)は原発性副甲状腺機能亢進症(95%)、膵・消化管内分泌腫瘍(60%)、下垂体腫瘍(50%)、甲状腺癌(2%)。
Keywords
甲状腺癌,遺伝,褐色細胞腫,甲状腺乳頭癌,MEN2,多発性内分泌腺腫症,甲状腺髄様癌,RET遺伝子,MEN1,副甲状腺機能亢進症
多発性内分泌腺腫症(MEN)とは
多発性内分泌腺腫症(MEN)は、複数の内分泌臓器に良悪性の腫瘤が生じる常染色体優性遺伝性疾患です。3-4万人に1人で、MEN1型と2型に分かれ、原因遺伝子は異なります。
多発性内分泌腺腫症(MEN)は複数の内分泌臓器に良悪性の腫瘤が生じる常染色体優性遺伝性疾患。甲状腺髄様癌の20%は多発性内分泌腫瘍症2型[MEN2]、RET遺伝子(受容体依存性チロシンキナーゼ遺伝子)機能獲得型変異で遺伝子診断が普及。MEN2A(94%)は、ほぼ100%に甲状腺髄様癌、68%に副腎の褐色細胞腫(半数は両側)、13%に副甲状腺機能亢進症(軽症)。MEN 2Bはマルファン様体型、粘膜神経腫、頚部神経腫・頚部神経鞘腫(schwannoma)、ヒルシュスプルング病(Hirschprung病)、神経節腫も、最も悪性度高いが日本の10年生存率92%。
多発性内分泌腺腫症2型(MEN2)は、がん遺伝子であるRET遺伝子(受容体依存性チロシンキナーゼ遺伝子)の機能獲得型変異です。RET遺伝子が常に活性化された状態になります。
多発性内分泌腺腫症2型(MEN2)は常染色体優性遺伝性疾患なので、50%の確率で血縁者に患者が存在します。日本では甲状腺髄様癌が確定した患者本人に限り、散発性、遺伝性(MEN2A、MEN2B、家族性甲状腺髄様がん)の病型診断目的でRET遺伝子検査の保険適応が認められています。病型が分かれば、切除範囲の決定、予後の予測等が可能になります。
甲状腺髄様癌を発症していない血縁者に保険適応はありません(自費になります)が、発症前遺伝子診断でMEN2変異遺伝子保有者を見つければ、定期検診により早期発見が可能になります。アメリカ甲状腺学会のガイドラインでは、MEN1で10歳前後、MEN2で幼児期の発症あるため、それ以前の遺伝子診断を推奨しています。(Revised American Thyroid Association Guidelines for the Management of Medullary Thyroid Carcinoma Thyroid. 2015 Jun 1; 25(6): 567–610. )
詳細は、 甲状腺髄様癌のRET遺伝子検査 を御覧下さい。
※長崎甲状腺クリニック(大阪)では、RET遺伝子診断は行っておりません。
MEN 2型は3つのタイプに分類されます。
MEN 2A(94%) | ほぼ100%に甲状腺髄様癌、68%に副腎の褐色細胞腫(その半数は両側)、13%に副甲状腺機能亢進症(軽症が多い)を発生します。(Jpn J Clin Oncol 1997;27:128-134.) | ||
MEN 2B(5%) | ほぼ100%に甲状腺髄様癌、約50%に副腎の褐色細胞腫、ほぼ100%に舌や口唇・眼瞼・腸の粘膜下神経腫(抗S-100蛋白抗体陽性)、神経節腫、角膜神経腫、約80%にマルファン様体型[やせ型で手足が長い(過伸展) | ||
MEN3 | MEN2型の中で神経線維腫症(レックリングハウゼン病)を伴う |

甲状腺内に、ごくわずか存在するC細胞(甲状腺傍濾胞細胞)はカルシトニンというホルモンを分泌します。これは血液中のカルシウム濃度を下げるホルモンです。C細胞が癌化したものが甲状腺髄様癌です。甲状腺髄様癌は約30%は遺伝性であり、約70%は非遺伝性(散発性)です。
甲状腺髄様癌の20%は、遺伝性の多発性内分泌腫瘍症2型[Multiple Endocrine Neoplasia type 2、略してMEN (メン) 2型]です。
甲状腺髄様癌の詳細は 甲状腺髄様癌 を御覧ください。
多発性内分泌腫瘍症2型[MEN2]の甲状腺髄様癌
甲状腺髄様癌は必発で、ほとんど20歳前に発症しているが、症状が乏しいため、40歳台で見つかる事が多い。
米国甲状腺学会の診療指針では、甲状腺髄様癌再発予防を目的とし、小児期早期の甲状腺全摘を推奨しています。特にRET遺伝子コドン634変異(p.C634R)の甲状腺髄様癌は、5歳以下の予防的甲状腺全摘を勧めています。また、同時に小児期に甲状腺全摘する事による高い術後合併症に注意喚起しています。 (Revised American Thyroid Association Guidelines for the Management of Medullary Thyroid Carcinoma Thyroid. 2015 Jun 1; 25(6): 567–610. )
日本で予防的甲状腺全摘術が行われたことはなく、
- 実際に甲状腺髄様癌が見つかった後か
- 甲状腺髄様癌が見つからなくても血清カルシトニンが高値またはグルコン酸カルシウム負荷試験でカルシトニンが上昇する場合(超音波検査で見つからない微小な甲状腺髄様癌か、前癌段階の甲状腺C細胞過形成)
の時だけです。
MEN1と同じく軽症が多いが、MEN1と異なり、1腺のみの腫大がほとんど。手術も腫大腺の摘出のみで、MEN1の様な予防的な4腺摘出は行ないません。甲状腺髄様癌で甲状腺全摘出する際も、予防的副甲状腺摘出は行いません。
褐色細胞腫は、約66%が両側性(約20%は片側性であっても時間をおいて発生してくる異時性)です。非遺伝性褐色細胞腫と異なり悪性・異所性は少ない。
MEN2の褐色細胞腫の発症率は
- codon634変異(MEN2A)では約36-50%
- codon618変異では22%
- codon620(Janus遺伝子)変異では約9-13%
(ブラジルのデータ Endocr Connect. 2019 Mar 1;8(3):289-298.)(アメリカのデータ Surgery. 2007 Dec;142(6):800-5; discussion 805.e1.)
褐色細胞腫合併のときは、甲状腺手術の前に褐色細胞腫を摘除します。 甲状腺手術がストレスとなり、致死的な高血圧クリ-ゼ(褐色細胞腫クリ-ゼ)おこす危険があるからです。
多発性内分泌腺腫症2A型(MEN 2A)でヒルシュスプルング病(Hirschprung病)
多発性内分泌腺腫症2A型(MEN 2A)でヒルシュスプルング病(Hirschprung病)を合併する家系が報告されています。RET遺伝子のC620(Janus遺伝子)変異で、
- 甲状腺傍濾胞細胞(カルシトニンを産生するC細胞)が甲状腺髄様癌になる
- 同時に結腸(大腸)の末梢神経節を変性させ、腸運動低下による巨大結腸おこす[ヒルシュスプルング病(Hirschprung病)];家族性ヒルシュスプルング病の約50%にC620(Janus遺伝子16)変異を認めます。
特徴があります。逆にヒルシュスプルング病(Hirschprung病)から多発性内分泌腺腫症2A型(MEN 2A)の診断に至る症例もあるそうです。(Journal of Nippon Medical School=Nippon Ika Daigaku zasshi 2014; 81: 64―69. 16.)(Histol Histopathol. 2008 Jan;23(1):109-16.)
ヒルシュスプルング病(Hirschprung病)とは
多発性内分泌腺腫症(MEN)は複数の内分泌臓器に良悪性腫瘤が生じる常染色体優性遺伝性疾患。多発性内分泌腺腫症1型(MEN1)は95%に原発性副甲状腺機能亢進症、60%に膵消化管内分泌腫瘍、50%に下垂体腫瘍[プロラクチン産生(20%)・非機能性(15%)・成長ホルモン産生(5%)・ACTH産生(まれ)・TSH産生(まれ)]、20%に副腎腫瘍(ほとんど非機能性)、15%に甲状腺腫瘍(甲状腺髄様癌でなく甲状腺濾胞性腫瘍と甲状腺乳頭癌、2%に甲状腺癌)、7%に胸腺・気管支神経内分泌腫瘍(NET)(ほぼ全例悪性)。MEN1遺伝子変異はMEN2のRET遺伝子変異ほど有用でない。
内分泌の専門家でも知らない方が多いのですが、MEN1型(教科書的には原発性副甲状腺機能亢進症、膵消化管内分泌腫瘍、下垂体腺腫を主徴)でも20%に副腎腫瘍、2%に甲状腺癌を合併します。
15%に甲状腺腫瘍を合併するが、多発性内分泌腺腫症2型と異なり、甲状腺髄様癌でなく、甲状腺濾胞性腫瘍と甲状腺乳頭癌です。(病理と臨床 1997 ; 15 : 670–677.)
ただ、これまでの報告では多発性内分泌腺腫症1型(MEN1)に合併する甲状腺乳頭癌では、従来のMEN1遺伝子変異[メニン(menin)]が認められず、未知の新規変異があるのか、ただの偶然の合併か不明です。(Yonsei Med J. 2008 Jun 30;49(3):503-6.)(Ann Surg Oncol. 2001 May; 8(4):342-6.)(Mod Pathol. 1999 Sep; 12(9):919-24.)
そもそもMEN1遺伝子検査自体が、偽陰性率が比較的高く(20%)、簡単でない不確かなものです(J Clin Endocrinol Metab 2001 ; 86 : 5658–5671.)。
原発性副甲状腺機能亢進症患者の1.7%~6%に(非髄様癌性)甲状腺癌を認めるとされ、高カルシウム血症が原因なのか、それとも副甲状腺を調べるための超音波(エコー)検査を行うため偶然発見されるのか不明です。(Head Neck. 1993;15:20–23.)
まだ論文にはなっていないようですが、自治医科大学が
常染色体優性遺伝性に腫瘍抑制遺伝子(癌抑制遺伝子)のMEN1遺伝子の機能喪失型変異が90%に認められます。MEN1遺伝子はメニン(menin)と呼ばれる蛋白をコードしていて、転写調節、ゲノム安定性、細胞増殖など多くの機能に関与します(J Intern Med. 2003 Jun; 253(6):606-15.)。
多発性内分泌腺腫症1型(MEN1)は常染色体優性遺伝性疾患なので、50%の確率で血縁者に患者が存在します。保険適応はありませんが、発症前遺伝子診断でMEN1変異遺伝子保有者を見つければ、定期検診により早期発見が可能になります。アメリカ甲状腺学会のガイドラインでは、MEN1で10歳前後、MEN2で幼児期の発症あるため、それ以前の遺伝子診断を推奨しています。(Revised American Thyroid Association Guidelines for the Management of Medullary Thyroid Carcinoma Thyroid. 2015 Jun 1; 25(6): 567–610.)
※長崎甲状腺クリニック(大阪)では、多発性内分泌腺腫症1型(MEN1)の遺伝子検査は行っておりません。
多発性内分泌腺腫症1型(MEN1)の各病変は異なる時期に発症し、生涯浸透率も異なるため、診断に時間が掛かる事があります。
病変 | 浸透率 | 特徴 |
---|---|---|
原発性副甲状腺機能亢進症 | 95% | 若年発症(40歳までにほぼ全例が発症) 多腺性(過形成) 軽症(18%は副甲状腺ホルモンか血清Ca濃度が正常) 骨密度低下は非遺伝性より高度 |
膵・消化管内分泌腫瘍 | 60% | 膵消化管神経内分泌腫瘍(NET)の6-10% 75%が2個以上の腫瘍 一部悪性 ガストリノーマは胃十二指腸にも発生 インスリノーマの25%は成人前に診断 非機能性腫瘍が2cmを超えると肝転移の危険性 機能性腫瘍は手術適応 遠隔転移・切除不能時は ①分子標的薬(エベロリムス、スニチニブ) ②ストレプトゾシン ③オクトレオチド徐放剤(ガストリノーマ、VIP産生腫瘍) |
下垂体腫瘍 プロラクチン産生下垂体腺腫(20%) 非機能性下垂体腺腫(15%) 成長ホルモン産生下垂体腺腫(5%) ACTH産生下垂体腺腫(まれ) TSH産生下垂体腺腫(まれ) | 50% | 逆に、プロラクチン産生下垂体腺腫 ・成長ホルモン産生下垂体腺腫(先端巨大症)で MEN1型は1%未満に過ぎません。 臨床像は、散発性の機能性・非機能性下垂体腺腫との違いに乏しい。 |
副腎皮質腫瘍 | 20% | ほとんどが非機能性。手術を要する大きさになる事少ない。 |
胸腺・気管支神経内分泌腫瘍 (NET;neuroendocrine tumor) | 7% | ほぼ全例悪性。副甲状腺手術時に予防的胸腺摘出する事もある。 |
皮膚腫瘍 | 40% | 顔面血管線維腫、皮膚脂肪腫 |
甲状腺乳頭癌 | 2% | |
甲状腺腫瘍 | 15% |
- 若年性原発性副甲状腺機能亢進症はMEN1型の可能性高いです。
- その他、内臓脂肪腫もあります。
MEN1遺伝子変異が陰性で家族性が証明できない場合、多発性内分泌腺腫症1型(MEN1)なのか、多発性内分泌腺腫症1型(MEN1)に似た新たな病気なのか、分かりません。副甲状腺癌、甲状腺乳頭癌、機能性副腎腫瘍(プレクリニカルクッシング症候群と原発性アルドステロン症の合併)3者を合併した報告があります。(第61回 日本甲状腺学会 O34-3 副甲状腺癌に甲状腺乳頭癌、機能性副腎腫瘍を同時に合併した1例)
多発性内分泌腺腫症1型(MEN1)2型(MEN2)とも、常染色体優性遺伝で、50%の確率で遺伝するため、子供を作るか、産むか、妊娠・出産が難しい問題となります。多発性内分泌腺腫症(MEN)が、若年発症で、若くで(生殖可能年齢、あるいはその前に)診断が付いてしまうため起こる問題です。
正直、筆者には答えがありません(全く分かりません)。このような問題は、ごく一部の、高度医療病院の遺伝カウンセリングで、遺伝相談のプロにしか対処できないでしょう。
最終的には、患者自身の価値観に委ねられるのでしょうが、もはや医学的な問題を越え、社会的な問題、生命倫理の問題になるため、筆者(おそらく、大多数の医師)は中途半端に関われないのです。
甲状腺関連の上記以外の検査・治療 長崎甲状腺クリニック(大阪)
- 甲状腺編
- 甲状腺編 part2
- 内分泌代謝(副甲状腺/副腎/下垂体/妊娠・不妊等
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長崎甲状腺クリニック(大阪)とは
長崎甲状腺クリニック(大阪)は日本甲状腺学会認定 甲状腺専門医[橋本病,バセドウ病,甲状腺超音波(エコー)検査など]による甲状腺専門クリニック。大阪府大阪市東住吉区にあります。平野区,住吉区,阿倍野区,住之江区,松原市,堺市,羽曳野市,八尾市,生野区,天王寺区,東大阪市も近く。