妊娠中の潜在性甲状腺機能亢進症を治療すべきか?早産,流産との関連は?[日本甲状腺学会認定 甲状腺専門医 バセドウ病 長崎甲状腺クリニック 大阪]
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甲状腺専門の長崎甲状腺クリニック(大阪府大阪市東住吉区)院長が海外・国内論文に眼を通して得た知見、院長自身が大阪市立大学(現、大阪公立大学) 代謝内分泌内科で得た知識・経験・行った研究、日本甲状腺学会で入手した知見です。
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本来、甲状腺ホルモン値は妊娠前・妊活中に調べて調整しておくべきものです。当院と常時提携していない産婦人科からの妊娠後甲状腺ホルモン異常に対する紹介はお断りしております。
Summary
バセドウ病・遷延する妊娠時一過性甲状腺機能亢進症を問わず、甲状腺ホルモン値(FT3とFT4)が高い顕在性甲状腺機能亢進症なら甲状腺ホルモン値を下げる治療を行う。しかし、「甲状腺ホルモン値自体が正常の潜在性甲状腺機能亢進症(TSHのみ低値)は、妊娠の有害転帰[妊娠高血圧症候群・巨大児・早産・流産]と関連せず、潜在性甲状腺機能亢進症妊婦に対する不必要な治療を避けるべき」とされる。筆者が思うに、甲状腺ホルモンを下げると、逆に胎盤早期剥離や流早産など母児を危険にさらす。潜在性甲状腺機能亢進症妊婦で切迫流産・切迫早産がおきた場合にどうするか答えは無い。
Keywords
潜在性甲状腺機能亢進症,早産,流産,妊娠,胎盤早期剥離,流早産,妊婦,治療,バセドウ病,遷延する妊娠時一過性甲状腺機能亢進症
妊娠中の潜在性甲状腺機能亢進症を治療すべきか?早産,流産との関連は?
バセドウ病による妊娠中の潜在性甲状腺機能亢進症や妊娠中期以降に遷延する妊娠時一過性潜在性甲状腺機能亢進症を治療すべきか?常に甲状腺専門医を悩ませる問題です。
潜在性甲状腺機能亢進症(subclinical hyperthyroidism)とは、血清TSH(甲状腺刺激ホルモン)値が正常値以下に抑制されており、血中遊離型甲状腺ホルモン(FT3とFT4)値は正常範囲内にある状態です。簡単に言えば、ごく軽度の甲状腺機能亢進症と言えます。(潜在性甲状腺機能亢進症とは?)
甲状腺ホルモン(FT3とFT4)値自体が高い顕在性甲状腺機能亢進症なら、バセドウ病であれ、遷延する妊娠時一過性甲状腺機能亢進症であれ、迷わず甲状腺ホルモン値を下げる治療を行います。そうしないと、妊娠高血圧、妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)・妊娠高血圧腎症・母体心不全・妊娠糖尿病・甲状腺クリーゼ・胎盤早期剥離・胎児成長遅延・早産のリスクが上昇します。
※ 妊娠前期~中期の初めにおきる妊娠時一過性甲状腺機能亢進症 は自然回復するので治療しない。
しかしながら、甲状腺ホルモン値自体が正常の潜在性甲状腺機能亢進症に対しては、非妊娠時においても抗甲状腺薬(甲状腺ホルモン合成を抑える薬、メルカゾール、プロパジール、チウラジール)の重大な副作用が懸念されるため、(例え甲状腺専門医であっても)使用をためらいます(普通はやらない)。(潜在性甲状腺機能亢進症の治療)
また、妊娠後半に、母体の甲状腺ホルモンを下げ過ぎると、胎児甲状腺機能低下症がおきるため、バセドウ病治療ガイドライン2011には「FT4(甲状腺ホルモン:遊離サイロキシン)が、非妊娠時の正常上限か、正常上限よりやや高めになるようにする」と書かれています。[Nat Clin Pract Endocrinol Metab. 2007 Jun;3(6):470-8.][Nat Clin Pract Endocrinol Metab. 2007 Jun;3(6):470-8.](バセドウ病/甲状腺機能亢進症妊娠の管理)
つまり、極端な話、「妊娠後半に潜在性甲状腺機能亢進症を治療してはいけない」ことになります。
筆者がPubMed等で海外の文献も含めて調べたところ、潜在性甲状腺機能亢進症妊娠の有害転帰を調査した研究はほとんどなく、
- 妊娠4〜8週目の潜在性甲状腺機能亢進症は、①流産率の低下と関連している可能性(むしろ良い影響)、②子癇前症および胎盤早期剥離の危険因子である可能性[J Womens Health (Larchmt). 2019 Jun;28(6):842-848.]
- 潜在性甲状腺機能亢進症は、妊娠の有害転帰とは関連しない。潜在性甲状腺機能亢進症の特定と妊娠中の治療は不当[Obstet Gynecol. 2006 Feb;107(2 Pt 1):337-41.]
3. 潜在性甲状腺機能亢進症は切迫早産(threatened preterm labo)や早産の原因にならない[Maternal Subclinical Hyperthyroidism and Adverse Pregnancy Outcomes: A Systematic Review and Meta-analysis of Observational Studies Int J Endocrinol Metab. 2022 Jul 19;20(3):e120949.]
以下、具体的な内容を述べます。
最も信頼性の高い研究論文11編を分析したところ、潜在性甲状腺機能亢進症妊婦と甲状腺機能正常妊婦を比較すると、
- 高血圧疾患[妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)・妊娠高血圧・妊娠高血圧腎症・加重型妊娠高血圧腎症]
- 早産
- 巨大児/在胎週数に対して大きい児(LGA)
- 流産
のオッズ比(起こりやすさ)に統計的な有意差は無かった。
論文の結論として、「妊娠中の潜在性甲状腺機能亢進症は、母体および胎児に有害な影響を及ぼさないことが実証されました。したがって、臨床医は、潜在性甲状腺機能亢進症の妊婦に対する不必要な治療を避ける必要があります。」となっています。
※原文は、「The current meta-analysis demonstrated that subclinical hyperthyroidism in pregnancy is not related with adverse maternal and fetal outcomes. Therefore, clinicians should be avoided unnecessary treatments for pregnant women with subclinical hyperthyroidism.」
筆者が思うに、甲状腺ホルモンを下げると、逆に子宮胎盤虚血、胎盤早期剥離や流早産、分娩時多量出血・分娩後出血のリスクが上がるため、かえって母児を危険にさらします。(橋本病/甲状腺機能低下症妊娠の問題点)。
潜在性甲状腺機能亢進症妊婦で切迫流産・切迫早産がおこった場合にどうするか?
ここで一つの問題があります。切迫流産(流産しそうな状態)・切迫早産(早産しそうな状態)がおこった場合、潜在性甲状腺機能亢進症妊婦の甲状腺ホルモン値を下げに掛かるのか?確かに、甲状腺ホルモンは子宮を収縮させるため、早急に下げるのが良い様に思われます。一方、
- 前述の論文では、
①潜在性甲状腺機能亢進症の特定と妊娠中の治療は不当[Obstet Gynecol. 2006 Feb;107(2 Pt 1):337-41.]
②妊娠中の潜在性甲状腺機能亢進症は、母体および胎児に有害な影響を及ぼさない。したがって、臨床医は、潜在性甲状腺機能亢進症妊婦に対する不必要な治療を避ける[Nat Clin Pract Endocrinol Metab. 2007 Jun;3(6):470-8.]
- 甲状腺ホルモンが下がると、逆に子宮胎盤虚血、胎盤早期剥離や流早産、分娩時多量出血・分娩後出血のリスクが上がるため、単純に下げれば良いとも言い難い(橋本病/甲状腺機能低下症妊娠の問題点)。
どのようにすれば良いのか答えはありません(筆者にも分かりません)。
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- 甲状腺編
- 甲状腺編 part2
- 内分泌代謝(副甲状腺/副腎/下垂体/妊娠・不妊等
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長崎甲状腺クリニック(大阪)とは
長崎甲状腺クリニック(大阪)は日本甲状腺学会認定 甲状腺専門医[橋本病,バセドウ病,甲状腺超音波(エコー)検査など]による甲状腺専門クリニック。大阪府大阪市東住吉区にあります。平野区,住吉区,阿倍野区,住之江区,松原市,堺市,羽曳野市,八尾市,天王寺区,東大阪市,生野区,浪速区も近く。