妊娠と橋本病/甲状腺機能低下症[日本甲状腺学会認定 甲状腺専門医 橋本病 バセドウ病 甲状腺超音波エコー 甲状腺機能低下症 長崎甲状腺クリニック大阪]
甲状腺:専門の検査/治療/知見① 橋本病 バセドウ病 甲状腺エコー 長崎甲状腺クリニック大阪
甲状腺専門の長崎甲状腺クリニック(大阪府大阪市東住吉区)院長が海外・国内論文に眼を通して得た知見、院長自身が大阪市立大学 代謝内分泌内科で得た知識・経験・行った研究、甲状腺学会で入手した知見です。
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妊娠・出産の基礎的な内容は妊娠/出産/授乳と甲状腺 を御覧ください
Summary
橋本病/甲状腺機能低下症の妊婦は妊娠期間中、甲状腺専門医による厳格な管理の元、甲状腺ホルモン剤(チラーヂンS)が妊娠前の1.3-1.5倍必要。不足は胎児の脳神経の発達が悪くなり流早産。米国甲状腺学会ガイドラインに準じ妊娠前期(13週まで):甲状腺刺激ホルモン(TSH) 0.1~2.5μU/ml、中期(14週~27週):0.2~3.0μU/ml、後期(28週~41週):0.3~3.0μU/mlにコントロールすれば甲状腺が原因の流早産は解除。抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(TPO抗体)陽性妊婦は、妊娠が進むにつれ甲状腺ホルモン低下か顕著になり、流産の危険増す。
Keywords
甲状腺機能低下症,橋本病,甲状腺腫瘍,妊娠,甲状腺,TSH,甲状腺ホルモン,チラーヂンS,流産,TPO抗体
妊娠・出産の基礎的な内容は妊娠/出産/授乳と甲状腺を御覧ください
妊娠中は、甲状腺ホルモン値が目まぐるしく変化します。そのため、橋本病/甲状腺機能低下症妊婦は妊娠期間中、甲状腺ホルモン剤[レボチロキシン(チラーヂンS)]の用量を変更する必要が生じ、甲状腺専門医による厳格な管理が必要です。
妊娠期間中、母体血の甲状腺ホルモン結合蛋白(TBG)が妊娠前の1.3-1.5倍に増えるため、1.3-1.5倍の甲状腺ホルモンが必要とされます(ほとんどの場合、チラーヂンSの増量が必要になる)。
チラーヂンSの補充量が不十分だと、流早産、妊娠高血圧、妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)・子癇前症、骨盤位・前置胎盤、常位胎盤早期剥離、周産期死亡、妊娠糖尿病、分娩後出血のリスクが高まり、無事出産しても児の脳に障害が出たり、知能指数が低くなる危険性があります。特に妊娠前期が重要で、甲状腺ホルモン不足は流産に直結します。(第59回 日本甲状腺学会 専門医教育セミナーⅠ 挙児希望女性のTSH 値、自己抗体の有無と治療目標について)(Thyroid. 2016 Apr;26(4):580-90.)(Hum Reprod Update. 2003 Mar-Apr;9(2):149-61.)
困ったことに、日本では妊娠週数によるTSHのコントロール目標値は作成されていません。
一般的には、米国甲状腺学会ガイドライン2011に準じて
- 妊娠前期(13週まで):甲状腺刺激ホルモン(TSH) 0.1~2.5μU/ml
- 妊娠中期(14週~27週): 〃 0.2~3.0μU/ml
- 妊娠後期(28週~41週): 〃 0.3~3.0μU/ml
になるようコントロールします(Thyroid. 2011 Oct; 21(10):1081-125.)。
また、甲状腺ホルモンが正常であっても、橋本病の自己抗体[自分の甲状腺を破壊する抗体;抗サイログロブリン抗体(Tg抗体)・抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(TPO抗体)]が高い女性は習慣性流産/出産後甲状腺炎をおこす確率が高いとの報告がありますが、一方で関係ないとの意見もあります(結論として、抗体の有無は関係なく、TSHの値が全てです)。ただ、抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(TPO抗体)陽性妊婦では、妊娠が進むにつれ、甲状腺ホルモン低下か顕著になり、流早産の危険は増していきます。
5.0(妊娠無関係の正常上限)<TSH<10の状態は、非妊娠時には潜在性甲状腺機能低下症(軽い甲状腺機能低下症)と軽く片付けられますが、妊娠時にはとんでもない異常値です。前述の橋本病妊娠基準を大きく外れ、
- 流産率(相対危険度2.01倍)
- 胎盤早期剥離(相対危険度2.14倍);出血性ショックで妊婦死亡の危険あり
- 早期破水(相対危険度1.43倍)
- 新生児死亡(相対危険度2.58倍)
と危険が一杯の妊娠・出産になります(Thyroid. 2016 Apr;26(4):580-90.)。
または、子宮内胎児発育遅延(IUFR)の約16%、子宮内胎児死亡(IUFD)の8%を占めるとされます(J Pregnancy. 2013;2013:619718.)。※子宮内胎児死亡(IUFD)の約30%は原因不明。
前置胎盤は、胎盤が内子宮口にかかっている状態。そのため、胎児は下降出来ず、全例帝王切開に。また、出血の危険があり、緊急帝王切開になることも。
5.0(妊娠無関係の正常上限)<TSH<10の状態は、非妊娠時には潜在性甲状腺機能低下症(軽い甲状腺機能低下症)と軽く片付けられますが、妊娠時には前置胎盤のリスクが増えます。 (オッズ比 12.581; 95% CI 5.046-31.363; P < 0.001) (J Obstet Gynaecol Res. 2019 Apr;45(4):810-816.)
一般的に、低置胎盤(胎盤が、内子宮口の近くにあるが、かかっていない)が前置胎盤になることはありません。しかし、出血の危険のため、大部分が帝王切開になります。
橋本病/甲状腺機能低下症妊婦が、「甲状腺ホルモン薬が胎児に悪い影響を及ぼす」と勝手に思い込み(あるいは偽情報に踊らされ)、自己判断で甲状腺ホルモン剤(チラーヂンS)を中断すると最悪の結末になります。流産、死産は言うに及ばず、無事に出産できても子供の知能指数(IQ)は低く、精神遅滞もあり得ます。児だけでなく、母体も危険な状態になります。
甲状腺癌・甲状腺腫瘍・甲状腺機能亢進症/バセドウ病などで甲状腺全摘術し、甲状腺が無くなってしまった場合の甲状腺ホルモン必要量はいくらになるか?甲状腺機能低下症/橋本病なら、最終段階まで甲状腺が破壊されれば(橋本病(慢性甲状腺炎)の破壊の程度の評価 参照)、甲状腺が無いのと同じですが、妊娠女性の場合、年齢的にそこまで破壊される事は少ないです。
伊藤病院の報告では、「甲状腺全摘後に体重あたり甲状腺ホルモン剤(チラーヂンS)を2.5μg/kg・day 以上かつ亢進症にならないようコントロールする」(第57回 日本甲状腺学会 P2-100 甲状腺全摘術後、妊娠中に必要な甲状腺ホルモン量の検討)
との事ですが、まあ、そんなものでしょう。ただし、注意しなければいけないのは、チラージンSの吸収率は、個人の胃酸の酸性度、食前・食後いずれに飲むか、食物繊維・乳製品・大豆製品・コーヒーの摂取量等に大きく左右されるため、あくまで妊婦毎のTSH値を見ながら増減せねばなりません。
言うまでもないのは、妊娠前に必ずTSH<2.5μU/mlを維持しておく事です(この時点で、大体のチラージンSの吸収率の見当は付きます)。
胎児は、例え母親が甲状腺の病気でなくても、常に甲状腺ホルモンがギリギリの状態です。胎児甲状腺は妊娠17週頃から甲状腺ホルモンを作り、妊娠20週頃に完成します。それまでの間は、母親の甲状腺ホルモン(T4)が命綱となり、胎児脳を発達させます。 母体の甲状腺機能低下は、児の発達(特に脳)に大きく影響します。
胎児期は、
- T4を活性型のT3に変換する肝1型脱ヨード化酵素(D1)が弱い
- T4を不活性型のrT3(リバースT3)に変換する胎盤3型脱ヨード化酵素(D3)活性が強い
ため、血清rT3値は高く、T3値濃度は低くなります。
しかし、胎生7週で脳2型脱ヨード化酵素(D2)活性が低濃度のT4を効率的にT3に変換し脳の発達を促します(ある意味、ギリギリの綱渡り状態なのです)。
橋本病妊婦では、上記の通りTSHを指標とし甲状腺ホルモン剤(チラーヂンS)を調節します。しかし、甲状腺機能低下症の妊婦で、甲状腺ホルモン剤(チラーヂンS)の追加投与無しに、TSHを目標基準値内にコントロールできる事もあり、甲状腺ホルモン剤(チラーヂンS)投与量には個人差があります(N Engl J Med. 1990 Jul 12;323(2):91-6.)。
これまで、妊娠中の甲状腺ホルモン剤(チラーヂンS)投与量を予測する因子は、妊娠前のTSH値しかありませんでした(Thyroid. 2010;20(10):1175-8.)。
長崎甲状腺クリニック(大阪)では、デジタルハイビジョン超音波装置で、母体甲状腺における橋本病(慢性甲状腺炎)の破壊の程度を評価し、妊娠週数進んだ時の予備力の有無を診断致します。
詳しくは、 橋本病 破壊の程度の評価 を御覧ください。
甲状腺超音波(エコー)検査で測定する下甲状腺動脈収縮期最大血流速度(ITA-PSV)は、出産後バセドウ病女性の再発を予測します(出産後バセドウ病再発 )。
橋本病妊婦では、上記の通りTSHを指標とし甲状腺ホルモン剤(チラーヂンS)を調節します。しかし、甲状腺機能低下症の妊婦で、甲状腺ホルモン剤(チラーヂンS)の追加投与無しに、TSHを目標基準値内にコントロールできる事もあり、甲状腺ホルモン剤(チラーヂンS)投与量には個人差があります(N Engl J Med. 1990 Jul 12;323(2):91-6.)。
これまで、妊娠中の甲状腺ホルモン剤(チラーヂンS)投与量を予測する因子は、妊娠前のTSH値しかありませんでした(Thyroid. 2010;20(10):1175-8.)。
妊娠前の下甲状腺動脈収縮期最大血流速度(ITA-PSV)を測定しておくと、妊娠後の甲状腺ホルモン剤(チラーヂンS)追加補充量を予測しやすくなります。特にチラーヂンS追加量が50μg/日以上になる重度甲状腺機能低下症の橋本病女性に役に立ちます。
甲状腺機能低下症(甲状腺機能正常の橋本病は除く)妊娠は、胎児だけでなく母体にも危険が一杯です。
- 子癇前症(妊娠中の高血圧、タンパク尿)のオッズ比は1.47倍(99%CI = 1.20-1.81)
- 妊娠高血圧腎症のオッズ比は2.25倍(99%CI = 1.53-3.29)
- 妊娠糖尿病のオッズ比は1.57倍(99%CI = 1.33-1.86)
- 早産のオッズ比は1.34倍(99%CI = 1.17-1.53)
- 誘発分娩のオッズ比は1.15倍 (99% CI = 1.04-1.28)
- 帝王切開
陣痛前のオッズ比は1.31倍(99% CI = 1.11-1.54)
陣痛後のオッズ比は2.08倍(99%CI = 1.04-4.15) - ICUへの転送のオッズ比は2.08倍(99% CI = 1.04-4.15)
と危険な妊娠になります(J Clin Endocrinol Metab. 2013 Jul;98(7):2725-33.)。甲状腺ホルモン剤(チラーヂンS)を飲んで、甲状腺機能を正常に保つのは、とても重要な事です。
胎児に対する影響を懸念し、妊娠前に飲んでいた薬を、妊娠後に漢方薬に切り替える事は多いです。妊娠前に不眠症で睡眠薬を服薬していれば、妊娠後、当帰芍薬散を睡眠薬代わりに内服したりします。
また、悪阻(つわり)や、のどの違和感に半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)が処方される事があります。
当帰芍薬散、半夏厚朴湯には含まれませんが、現在販売されている医療用漢方エキス製剤で、流早産をおこす成分を含むものは要注意です。(加味逍遥散(かみしょうようさん)で流早産の危険性)
そのような成分を含まずとも、漢方薬は木の根っこ・葉っぱ(生薬)、つまり食物繊維なので、チラーヂンSの直前に飲んだり、同時に飲んだりすれば、チラーヂンSの吸収障害を起こします。そのため、先にチラーヂンSを飲んでから30分以上開けて、漢方薬を服用するのが良いでしょう。(チラーヂンS吸収障害おこす食べ物)
甲状腺関連の上記以外の検査・治療 長崎甲状腺クリニック(大阪)
長崎甲状腺クリニック(大阪)とは
長崎甲状腺クリニック(大阪)は日本甲状腺学会認定 甲状腺専門医[橋本病,バセドウ病,甲状腺超音波(エコー)検査など]による甲状腺専門クリニック。大阪府大阪市東住吉区にあります。平野区,住吉区,阿倍野区,住之江区,松原市,堺市,羽曳野市,八尾市,天王寺区,東大阪市,浪速区,生野区も近く。