妊娠とホルモン・妊娠時一過性尿崩症・HELLP(ヘルプ)症候群・急性妊娠脂肪肝・妊娠高血圧[橋本病 バセドウ病 甲状腺エコー 長崎甲状腺クリニック 大阪]
内分泌代謝(副甲状腺・副腎・下垂体)専門の検査/治療/知見 長崎甲状腺クリニック(大阪)
甲状腺専門・内分泌代謝の長崎甲状腺クリニック(大阪府大阪市東住吉区)院長が海外・国内論文に眼を通して得た知見、院長自身が大阪市立大学(現、大阪公立大学) 代謝内分泌内科(内分泌骨リ科)で得た知識・経験・行った研究、甲状腺学会で入手した知見です。
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長崎甲状腺クリニック(大阪)は甲状腺専門クリニックです。甲状腺以外の妊娠・出産・分娩に関連する内分泌障害・妊娠高血圧の診療をは行っておりません。
Summary
妊娠時一過性尿崩症は妊娠後期に多い、ほぼ全例に肝障害を認め、vasopressinase 代謝分解低下が原因の可能性。HELLP 症候群(ヘルプ症候群)は①溶血②肝酵素上昇③血小板減少で妊娠高血圧症候群に多く発生。妊娠後期・出産後に突然の心窩部痛・悪心で発症。橋本病などの自己免疫抗体保有率が高い。急性妊娠脂肪肝は妊娠後期に発症し超音波(エコー)検査で診断不能。HELLP 症候群(ヘルプ症候群)は、抗甲状腺薬(メルカゾール、プロパジール、チウラジール)肝障害・バセドウ病再発、チラーヂンS錠の肝障害と鑑別。妊娠時の肝内胆汁うっ滞は、甲状腺疾患や糖尿病のリスクを増大。
妊娠高血圧は160mmHg/110 mmHg以上で降圧薬使用(降圧目標は収縮期血圧140~150mmHg,拡張期血圧90~100mmHg)、メチルド-パ(中枢性交感神経抑制薬)・ヒドララジン(血管拡張薬)・ラベタロール(αβ遮断薬)・妊娠20週以降はニフェジピンも第一選択薬。
Keywords
妊娠後期,ヘルプ症候群,橋本病,甲状腺,妊娠,妊娠時一過性尿崩症,急性妊娠脂肪肝,HELLP 症候群,バセドウ病,肝内胆汁うっ滞
元々、妊娠中は
- ホルモン分泌が著しく変化(高エストロゲン血症をはじめ、甲状腺ホルモンも)
- 循環血漿量・腎血流量が増加
して、多尿傾向になります。しかし、妊娠中の尿崩症は稀で数万人に1人です。(J Obstet Gynaecol Can. 2010 Mar;32(3):225-31.)
妊娠時一過性尿崩症の多くは妊娠中(前期~後期を問わないが後期に多い)に発症し一過性。原因は不明ですが、
- 抗利尿ホルモン(ADH)分解酵素(vasoprressinase)が妊娠中に増加する。肝障害を伴い、vasopressinase が代謝分解されず血中濃度は高くなる可能性(Am J Obstet Gynecol. 1962 May 15;83:1325-36.)
- 元々、潜在的な尿崩症があって、妊娠に伴い顕在化(N Engl J Med. 1991 Feb 21;324(8):522-6.)
などが考えられます。
妊娠時一過性尿崩症のほぼ全例に肝障害を認める報告があるものの機序は不明。逆に、肝障害のためvasopressinase が代謝分解されず血中濃度は高くなる可能性が有力(Am J Obstet Gynecol. 1962 May 15;83:1325-36.)。
HELLP 症候群(ヘルプ症候群)、急性妊娠脂肪肝との鑑別が必要で、合併している場合もあります。分娩後速やかにvasopressinase 活性は低下するため、妊娠時一過性尿崩症も改善。(Nephrol Dial Transplant. 2003 Oct;18(10):2193-6.)(J Obstet Gynaecol Can. 2010 Mar;32(3):225-31.)
出産後、念のため下垂体MRIを行い、腫瘍やリンパ球性下垂体炎を除外します(Endocrinol Diabetes Metab Case Rep. 2015;2015:150078.)。
HELLP 症候群(ヘルプ症候群)は、
- 溶血(hemolysis)
- 肝酵素の上昇(elevated liver enzyme)
- 血小板減少(low platelets)
の頭文字を略したものです。
HELLP 症候群(ヘルプ症候群)は、 妊娠高血圧症候群(旧妊娠中毒症)に多く発生しますが、必ずしも妊娠高血圧症候群に合併するわけではありません。また、出産後に発生することもあります。
HELLP 症候群(ヘルプ症候群)の原因は不明ですが、血管内皮障害、血管痙攣(けいれん)による赤血球の通過障害と溶血が発端と考えられます。続いて血小板が活性化され血栓を形成、消費による血小板減少がおこります。 肝臓内の細小血管でおこり肝障害に至ります。
HELLP 症候群(ヘルプ症候群)の症状は、突然の上腹部痛や心窩部痛で、ほとんどの症例で認められます。交感神経活性化による胃周辺血管の攣縮(れんしゅく)が原因と考えられています。妊娠後期(35-37週ころ)に突然の心窩部痛および悪心が起これば、HELLP 症候群(ヘルプ症候群)を疑わねばなりません。
妊娠を終了しなければ死亡率は3割で、播種性血管内凝固症候群(DIC)、常位胎盤早期剥離、腎不全に至りため、緊急帝王切開します。
(Gut. 1994 Jan;35(1):101-6.)
HELLP 症候群(ヘルプ症候群)は、急性妊娠脂肪肝との鑑別が必要な他、
甲状腺機能亢進症/バセドウ病女性が妊娠中の場合、
甲状腺機能低下症/橋本病で妊娠中の場合、チラーヂンS錠による副作用としての肝障害
と鑑別が必要です。
HELLP 症候群(ヘルプ症候群)の31%は、何らかの自己免疫抗体[橋本病の抗サイログロブリン抗体(Tg抗体)・抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(TPO抗体)を含む]を有していて、そのほとんどは3±1.5 年で消えるとされます(Diabetes Care. 2000 Jun;23(6):786-90.)。
子癇前症および/またはHELLP症候群は、発症後の人生における甲状腺疾患(甲状腺機能低下症/橋本病、甲状腺機能亢進症)のリスク増加と関連しません(Acta Obstet Gynecol Scand. 2010 Aug;89(8):1071-7. )。
一般的な脂肪肝は、超音波(エコー)検査で簡単に診断できますが、急性妊娠脂肪肝の場合、ほとんど診断できません(CTでも診断できません)。 肝臓生検で、微小滴脂肪沈着を確認すれば診断確定されますが、妊娠中におこなうのは現実的でなく、全例で肝生検は不可能です。
(Gut. 1994 Jan;35(1):101-6.)
HELLP 症候群(ヘルプ症候群)、妊娠時一過性尿崩症との鑑別が必要な他、妊娠後期において、
甲状腺機能亢進症/バセドウ病で妊娠中の場合、
甲状腺機能低下症/橋本病で妊娠中の場合、チラーヂンS錠による副作用としての肝障害
と鑑別が必要です。
妊娠前期において抗サイログロブリン抗体(Tg抗体)・抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(TPO抗体)陽性なら、妊娠高血圧症候群のリスクが高いが、重症度は甲状腺機能障害と関連しない。甲状腺機能亢進症の母親も妊娠高血圧症候群のリスクが高い(バセドウ病妊娠がハイリスク妊娠である理由)。潜在性甲状腺機能低下症、顕在性甲状腺機能低下症ともに妊娠高血圧のリスクが高い。妊娠高血圧は子宮胎盤機能不全(胎児発育不全)に。妊娠高血圧治療は160/110 mmHg以上で降圧薬使用)[メチルド-パ・ヒドララジン・ラベタロール・ニフェジピン・アムロジピン]。
妊娠前期,妊娠高血圧症候群,甲状腺,甲状腺機能亢進症,バセドウ病,甲状腺機能低下症,妊娠高血圧,胎児,治療,降圧薬
妊娠高血圧症候群は、かつて『妊娠中毒症』と呼ばれていたもので、妊婦の5%(20人に1人)に起こります。妊娠高血圧症候群は、
- 妊娠高血圧
- 妊娠高血圧腎症
- 加重型妊娠高血圧腎症
- 高血圧合併妊娠;高血圧が妊娠前~妊娠20 週までに存在し、加重型妊娠高血圧腎症を発症していない
に分類されます。
妊娠末期(妊娠32~40週)に発症することが多く、早期に発症する程、重症になります。
- 母体は妊娠高血圧、蛋白尿、子癇前症→けいれん発作(子癇)、脳出血、肝障害、腎障害、HELLP 症候群(ヘルプ症候群)、急性妊娠脂肪肝
- 胎児は胎盤機能の低下→胎盤血流量減少→酸素・栄養供給が低下→発育不全、常位胎盤早期剥離、胎児機能不全、、未熟児、早産、子宮内胎児死亡
妊娠前期において抗サイログロブリン抗体(Tg抗体)・抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(TPO抗体)が陽性なら、妊娠高血圧症候群のリスクが高い(Clin Endocrinol (Oxf). 2018 Jun;88(6):928-935.)。しかし、妊娠高血圧症候群の重症度は甲状腺機能障害と関連しない(J Pregnancy. 2012;2012:742695.)
また、甲状腺機能亢進症の母親も妊娠高血圧症候群のリスクが高くなります(4.2倍)(J Clin Endocrinol Metab. 2014 Dec;99(12):E2591-8.)。バセドウ病妊娠がハイリスク妊娠である理由の一つです(妊娠とバセドウ病 )。
妊娠高血圧と甲状腺、治療基準
妊娠高血圧の治療は
- 安静と入院が中心で、食塩制限をおこないません。
- 160 mmHg/110 mmHg以上で降圧薬使用(降圧目標は収縮期血圧140~150mmHg、拡張期血圧90~100mmHg)
・メチルド-パ(中枢性交感神経抑制薬)・ヒドララジン(血管拡張薬);添付文書では「妊婦に投与する場合、治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与」と明記
・ラベタロール(αβ遮断薬);日本高血圧ガイドライン2009では使用可能、添付文書にも「妊婦に投与する場合、治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与」となっています。
・ニフェジピン・アムロジピン;2022年12月、添付文書が改訂されて、「妊婦に投与する場合、治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与」となったため、妊娠周期を問わず投与可能になりました。
※以前は、「妊娠20週未満又は妊娠している可能性のある女性には投与しないこと」でした
- 利尿剤は循環血液量を低下させ、ACEI/ARBは胎児死亡をおこすため使用しない。
薬が効かない急激で重症の妊娠高血圧には、最終手段として緊急帝王切開を行い、母体の降圧と胎児の救出を行います。
妊娠高血圧と胎児の発育
妊娠高血圧は周産期リスクが高く、悪化すると胎盤機能が低下します。臍帯(へそのお)から酸素や栄養が胎児に届きにくくなり、胎児発育が悪くなります(子宮内胎児発育遅延)。 また、早産率も高くなります(第113回日本内科学会 P66 高血圧合併妊娠に対する早期の内科的介入の有用性に関する検討)。
妊娠高血圧腎症は妊娠高血圧症に
- 蛋白尿(0.3g/日以上)
- 蛋白尿を認めなくても肝臓障害、腎臓障害、脳卒中、神経障害、血液凝固異常、子宮胎盤機能不全(胎児発育不全、臍帯動脈血流波形異常、死産など)
を合併する状態。
重度の妊娠高血圧腎症(血圧160 mmHg/110 mmHg以上かつ蛋白2+など)では子癇予防のため、硫酸マグネシウム投与が推奨されます。
加重型妊娠高血圧腎症は、
- 高血圧症が妊娠前~妊娠20 週までに存在し、妊娠20 週以降に蛋白尿または子宮胎盤機能不全を発症
- 高血圧と蛋白尿が妊娠前~妊娠20 週までに存在し、妊娠20 週以降にいずれかが増悪
- 蛋白尿のみの腎疾患が妊娠前~妊娠20 週までに存在し、妊娠20 週以降に高血圧を発症
妊娠高血圧症候群が、出産後に通常の高血圧症に移行
妊娠高血圧症候群が、出産後2年以内に通常の高血圧症へ移行する確率は28.4%で、コントロール群(非妊娠高血圧症候群)9.1%に対して有意に高い。特に、出産後6カ月以内が最も多いです。(BJOG. 2021 Feb;128(3):495-503.)
加味逍遥散(かみしょうようさん)は、冷え症、月経不順(生理不順)、月経困難症などに効くとされる漢方薬です。しかし、妊娠中に加味逍遥散を飲んでいると流早産の危険性が高まります。
加味逍遙散エキスの成分は
- トウキ・シャクヤク・ビャクジュツ・ブクリョウ・サイコ・牡丹皮(ボタンピ)・サンシシ・カンゾウ・ハッカ・ショウキョウ
- 添加物として、タルク、乳糖、ステアリン酸Mg、クロスCMC-Na、メタケイ酸アルミン酸Mg、水酸化Al/Mg、セルロース
を含有します。牡丹皮(ボタンピ)は流早産をおこす危険性があります。加味逍遙散の添付文書(薬の説明書)には「妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には投与しないことが望ましい」と記載されています。
その他、流早産をおこす危険性のある成分は、ダイオウ、ボウショウ、ゴシツ、トウニン、コウカの5種です。妊娠中に漢方薬を飲まれる方は、これらの成分が入っていない事を確認してください。
また、上記の添加物は、甲状腺ホルモン剤(チラーヂンS)の腸からの吸収を妨げます(薬剤性チラーヂンS吸収障害)。
加味逍遥散(かみしょうようさん)の長期服用で腸間膜静脈硬化症に
加味逍遥散(かみしょうようさん)の長期服用で腸間膜静脈硬化症になる事もあります。
妊娠34週で出産が迫っている時期、胎児の成熟を促進するため、出産前の副腎皮質ステロイド剤の投与が行われる事があります(日本ではあるのでしょうか?以下はフィンランドの報告です)。しかし、出産した子供の精神・行動障害発症率は出産前副腎皮質ステロイド投与群で約12%、非投与群で約6%と、2倍近い発症率になります。しない方がいいやん(JAMA. 2020 May 19;323(19):1924-1933.)
羊水は大部分が胎児尿であるため、胎児腎障害による尿量低下は羊水過少症に繋がります。羊水過少症の原因として、
- ポッター症候群(Potter sequence);両側の腎無形性や形成不全により羊水過少をきたし、肺低形成や四肢変形を生じる
- 薬剤性
①アンジオテンシン変換酵素阻害薬;羊水過少症による四肢拘縮や胎児死亡(投与禁忌)
②NSAID ;胎児の動脈管収縮から胎児心不全や胎児水腫を引き起こす。結果、胎児腎障害と羊水過少症に(妊娠末期の投与禁忌) - 副甲状腺機能低下症妊婦;血清カルシウム値を正常に維持しても起こりうる[Bone Rep. 2015 Jun 30;3:15-19.]
- 甲状腺機能低下症妊婦;13.51%に合併する[JNMA J Nepal Med Assoc. 2023 Jun 1;61(262):495-498.]
- 胎児の先天性甲状腺無形成[Obstet Gynecol. 1986 Jun;67(6):840-2.]
- 胎児バセドウ病[Case Rep Womens Health. 2018 Sep 26;20:e00081.][J Perinatol. 2014 Dec;34(12):945-7.]
子宮外妊娠の発生率は約0.96%のため、甲状腺疾患が合併している可能性がないとは言えません[Scott Med J. 2000 Feb;45(1):22.]。
甲状腺中毒症の徴候および症状は、子宮外妊娠の診断および外科的管理を複雑にします[J Reprod Med. 1993 Nov;38(11):897-9.]。
子宮外妊娠の破裂で甲状腺クリーゼがマスクされた報告があります[J Obstet Gynaecol. 2007 Feb;27(2):213-4.]。
子宮外妊娠だけでなく、自然流産、中絶などによる妊娠喪失後は、1年以内に無痛甲状腺炎がおきる場合があります(妊娠喪失後甲状腺炎)。原理は出産後甲状腺炎と同じで、急激な女性ホルモン低下による免疫寛容の消失が甲状腺炎につながる可能性が考えられます。[J Clin Endocrinol Metab. 1997 Aug;82(8):2455-7.]
RhD(-)血液型妊婦の母体感作予防は、
- 妊娠初期と中期に抗RhD 抗体を間接クームス試験で確認
- いずれかが陽性なら、母体感作が成立してしまっている
- いずれも陰性なら、
①妊娠28 週前後に抗D ヒト免疫グロブリンを投与
②分娩直後(または流産・子宮外妊娠・羊水穿刺・胎位外回転術後にも)に母体抗RhD 抗体の陰性と新生児血液型RhD(+)を確認して、分娩後72 時間以内に抗D ヒト免疫グロブリンを母体に投与
新生児血液型がRhD(-)なら、抗D ヒト免疫グロブリン投与は必要なし
[Br J Haematol. 2017 Oct;179(1):10-19.]
甲状腺関連の上記以外の検査・治療 長崎甲状腺クリニック(大阪)
長崎甲状腺クリニック(大阪)とは
長崎甲状腺クリニック(大阪)は日本甲状腺学会認定 甲状腺専門医[橋本病,バセドウ病,甲状腺超音波(エコー)検査など]による甲状腺専門クリニック。大阪府大阪市東住吉区にあります。平野区,住吉区,阿倍野区,住之江区,松原市,堺市,羽曳野市,八尾市,東大阪市,浪速区も近く。