甲状腺クリーゼ(甲状腺緊急症、サイロイドストーム)の治療[日本甲状腺学会認定 甲状腺専門医 橋本病 バセドウ病 エコー 長崎甲状腺クリニック大阪]
甲状腺:専門の検査/治療/知見① 橋本病 バセドウ病 甲状腺エコー 長崎甲状腺クリニック大阪
甲状腺専門の長崎甲状腺クリニック(大阪府大阪市東住吉区)院長が海外・国内論文に眼を通して得た知見、院長自身が大阪市立大学 代謝内分泌内科(内分泌骨リ科)で得た知識・経験・行った研究、日本甲状腺学会で入手した知見です。
長崎甲状腺クリニック(大阪)以外の写真・図表はPubMed等で学術目的にて使用可能なもの、public health目的で官公庁・非営利団体等が公表したものを一部改変しています。引用元に感謝いたします。
(グラフ;バーチャル臨床甲状腺カレッジより)
甲状腺・動脈硬化・内分泌代謝に御用の方は 甲状腺編 動脈硬化編 甲状腺以外のホルモンの病気(副甲状腺/副腎/下垂体/妊娠・不妊など) 糖尿病編 をクリックください
甲状腺クリーゼはICU/CCUのある救急病院でしか対処できません。長崎甲状腺クリニック(大阪)では治療できません。速やかに救急病院を受診して下さい。
- 甲状腺クリーゼ
- 甲状腺クリーゼの治療(本ページ)
Summary
甲状腺クリーゼの治療はICU(集中治療室)・CCUに入院、冷却、ストレス与えない、脱水補正、心不全治療、抗生剤、胃薬、β1選択性βブロッカー[甲状腺クリーゼの死亡率を低下、半減期4分のランジオロール(オノアクト®)等)(気管支喘息などで使用できないならCa拮抗薬ジルチアゼム(ヘルベッサー®)、ベラパミル(ワソラン®))]、抗甲状腺薬MMI(メルカゾール)、PTU(プロパジール,チウラジール)、ヨウ化カリウム・ルゴール液、副腎皮質ステロイド(ヒドロコルチゾン等)。甲状腺ホルモンが下がらなければ、2重濾過血漿交換(DFPP), 持続濾過透析(CHDF)。それでも救命できない甲状腺クリーゼある。
Keywords
甲状腺クリーゼ,治療,ICU,冷却,βブロッカー,メルカゾール,プロパジール,Ca拮抗薬,ヨウ化カリウム,副腎皮質ステロイド
※上記は甲状腺クリーゼ治療経過の一例です(バーチャル臨床甲状腺カレッジより)。βブロッカーは心不全を増悪させ、心停止を誘発する危険があるため[βブロッカー(下記)])、現在はプロプラノロールでなく、半減期の短いランジオロール(オノアクト®)を使用する場合が多いです。
ICU(集中治療室)等に入院の上、
- 冷却:室温を20℃以下に空調を調節(ICU/CCUは個室ではないので難)
アルコールスポンジや氷のうで全身冷却
解熱鎮痛剤アセトアミノフェン(他のNSAIDは要注意)
- ストレスを与えないように、病室は薄暗く、静かに(ICU/CCUは個室ではないので難)。精神興奮にはトランキライザー
- 脱水補正:電解質やビタミン剤の輸液
- 心不全:利尿剤フロセミドなど、トルバプタン(バソプレシン受容体拮抗薬)の使用例も報告されています(第56回 日本甲状腺学会 P2-018 甲状腺クリ-ゼによる心不全に対するトルバプタンの使用経験)
心原性肺水腫に対し非侵襲的陽圧換気法(NIPPV)、間欠的陽圧換気(IPPV)
- 抗生剤(感染症が誘因になっている場合、心不全による肺炎など)
- 胃酸をおさえる薬・胃粘膜を保護する薬(甲状腺ホルモン過剰状態では消化管潰瘍ができやすい)
- βブロッカー(下記))、もしくはCa拮抗薬
- 多量の抗甲状腺薬
①MMI(メルカゾール)3錠/6h x4= 12錠/日、注射剤もあり(30mg/日点滴静脈)。メルカゾールの副作用は容量依存性で、無顆粒球症に要注意。
②PTU(プロパジール,チウラジール)4-5錠/6h x4= 16-20錠/日
※2017年のガイドラインでは12錠/日
T4→T3への変換を阻害するため、メルカゾールよりも好ましいとの意見もあります。しかし、注射製剤がなく、メルカゾールよりも効きが悪いと筆者は思います。
- ヨウ化カリウム(KI) 200mg、経口摂取不能な時はルゴール液(複方ヨード・グリセリン)40滴/日使用する事も
- 副腎皮質ステロイド静注(即効性あり):
①バセドウ病の自己免疫反応を抑制するため。
②甲状腺クリーゼでは、過剰な甲状腺ホルモンにより、副腎皮質ホルモンが分解され、相対的な副腎皮質機能低下症にあります。副腎クリーゼ(急性副腎不全)に至る可能性もあります。
③同時にT4→T3への変換を抑制する効果も。
投与量に決まりはありませんが、とりあえずヒドロコルチゾン300mg/日 x 3日
※デキサメサゾンなら 8mg/日
- コレスチラミン;甲状腺ホルモンを吸着し、腸肝でのリサイクルを減らす。甲状腺クリーゼでも有用(Eur J Endocrinol. 2000 Mar; 142(3):231-5.)
- 播種血管内凝固症候群(DIC)の治療(Am J Case Rep. 2014 Jul 24;15:312-6.)(Endocr J. 2014;61(7):691-6.)
βブロッカー(ベータブロッカー)は使い方を間違えると怖いです。
β1選択性βブロッカーが甲状腺クリーゼの死亡率を低下させます(Clin Endol ;doi 10.1111/cen. 12949)。
しかし、βブロッカーの過量静脈投与は心停止・心原性ショック・低血糖の危険があります。
少量のβブロッカーでも心停止・心原性ショックの危険があるため、血圧が保たれている心不全(NIHA II-III)では慎重に薬剤の種類、投与量考えるべきと思います。(第53回 日本甲状腺学会 P-180 心不全に対して人工呼吸管理・catecholamineと利尿薬の持続投与を要したGraves病クリーゼの2例)
β1非選択性βブロッカーは、当然効きが悪く、効かないからと増量していると、心不全を増悪させ、心停止を誘発する恐ろしい結果になります(今時、あまり使われないと思いますが、プロプラノロール注射剤)。
また、β1選択性βブロッカーでも、よく効く分、過量投与は怖いものです。長時間作用型が使いにくい場合、
- 半減期4分のランジオロール(オノアクト®)[心拍数抑制>血圧低下];おそらく、甲状腺クリーゼで最も多く使用されています。日本甲状腺学会の症例報告は、ほとんどランジオロール(オノアクト®)です。(Masui. 2007 Feb;56(2):193-5.)
使用例0.01~0.04mg(1-4μg)/kg/分など
- 半減期9分のエスモロール(ブレビブロック®)[血圧低下>心拍数抑制]/など超短時間作用型が有用]
心停止・心原性ショックがおこれば、カテコールアミン製剤、利尿薬使用。
βブロッカー(ベータブロッカー)が使用できない状況もあります。気管支喘息合併している場合、βブロッカーは気管支喘息発作を誘発します。Ca拮抗薬なら大丈夫です。ベラパミル(ワソラン®)は心抑制効果強過ぎるので要注意、ジルチアゼム(ヘルベッサー®)はベラパミル(ワソラン®)より効果弱いですが筆者はお勧め。
Ca拮抗薬ベラパミル(ワソラン®)の(過量とは言えないわずか1.25mgでも)静脈投与:心抑制効果強過ぎ心停止した症例が報告されています(第57回 日本甲状腺学会 P1-041 救急外来でのベラパミル投与を契機に心停止となり、急性循環障害から肝・腎不全を来したと考えられる甲状腺クリーゼ疑いの1 例)
小児喘息の既往のある患者で、ベラパミル(ワソラン®)の効果乏しく、ランジオロール(オノアクト®)使用し頻脈改善した報告もあります(第59回 日本甲状腺学会 P4-7-5 小児喘息の既往のある甲状腺クリーぜ患者に短時間作用型β1選択的遮断薬ランジオロール塩酸塩を使用し改善した1症例)
心停止・心原性ショックおこれば、カテコールアミン製剤、利尿薬使用
- アスピリン(バファリン®)投与(遊離型の甲状腺ホルモンを増やす)
その他のNSAID(非ステロイド性抗炎症薬)、ロキソニン、ジクロフェナクなども消化性潰瘍おこす可能性あるので要注意
- 心不全/合併する心房粗動(AF)などに
βブロッカーの過量静脈投与(慎重に)
Ca拮抗薬ベラパミル(ワソラン®)の静脈投与(慎重に)心停止・心原性ショックおこれば、カテコールアミン製剤、利尿薬使用
- 気管支喘息合併患者に(特にβ1非選択性)βブロッカー投与:気管支収縮させ喘息悪化・重積化
[代わりにベラパミル(ワソラン®)等のCa拮抗薬を使用、ただベラパミル(ワソラン®)は心抑制効果強過ぎるので筆者はジルチアゼム(ヘルベッサー®)がお勧め(上記)]
- ヨウ化カリウム(KI)を抗甲状腺薬MMI(メルカゾール)より先に投与すると甲状腺機能亢進症が増悪するケースもある(筆者は経験ありませんが)ので、必ず同時投与が教科書的です。
2重濾過血漿交換(DFPP:Double Filtration Plasmapheresis), 持続濾過透析(CHDF)
2017年の甲状腺クリーゼ 診療ガイドラインでは、
- 甲状腺ホルモンが下がらなければ[上記の容量の抗甲状腺薬、ヨウ化カリウム(KI) 、副腎皮質ステロイドで24-48時間後、症状改善なし]→2重濾過膜血漿交換(DFPP)
- 肝不全(①意識障害②総ビリルビン>5.0 mg/dl、またはヘパプラスチンテスト<30%③動脈血ケトン体比<0.7、のいずれか)→2重濾過膜血漿交換(DFPP)+持続濾過透析(CHDF)
※2重濾過膜血漿交換(DFPP:double filtration plasmapheresis);血液を血漿に分離→血漿成分分離器で病因物質を含んだ血漿[甲状腺ホルモンとバセドウ病抗体(TRAb)]を廃棄、それ以外の血漿は身体に戻し、廃棄した同量のアルブミン製剤を補充。(Ther Apher Dial. 2011 Dec; 15(6):522-31.)(J Theor Biol. 2007 Sep 21; 248(2):275-87.)
アルブミンは甲状腺ホルモンの輸送タンパクなので、交換液はFFPの方が良い。
2重濾過膜血漿交換(DFPP)、持続濾過透析(CHDF)の利点は、
- 甲状腺ホルモン(蛋白に結合した非遊離型T4,T3も全て)とバセドウ病抗体(TRAb)両方を除去できる他
- 制御できない甲状腺クリーゼの肝障害・急性腎障害、横紋筋融解症も改善(Medicina (B Aires). 2017; 77(4):337-340.)
- 甲状腺クリーゼの時ならではの低拍出量性心不全も改善(しかし、高拍出量性心不全の右心負荷増悪の可能性)
(第54回 日本甲状腺学会 P209 著明な胆汁うっ滞型肝障害を伴ったバセドウ病の術前管理に血漿交換が有用であった1例)
(第54回 日本甲状腺学会 P210 低拍出性心不全を伴う甲状腺クリーゼの術前管理を救命しえた2例)
(第57回 日本甲状腺学会 P1-093 肝不全、腎不全を合併し血漿交換および持続血液濾過透析により救命しえた甲状腺クリーゼの一例)
(Medicina (B Aires). 2017; 77(4):337-340.)
です。
2重濾過膜血漿交換(DFPP)の問題点は、容量負荷による心不全の増悪、心不全に伴う うっ血肝により肝障害が増悪する事です。(第64回 日本甲状腺学会 22-4 甲状腺クリーゼにおける治療的血漿交換の適応に関する検討)
2重濾過膜血漿交換(DFPP)、持続濾過透析(CHDF)を必要に応じて数回おこない、甲状腺全摘手術になります。(J Coll Physicians Surg Pak. 2020 May;30(5):532-534.)
2重濾過膜血漿交換(DFPP), 持続濾過透析(CHDF)は、甲状腺全摘手術まで一時的に甲状腺クリーゼを解除するための最終手段と言えます。(Ther Apher Dial. 2011 Dec;15(6):522-31.)
40℃以上の高熱が下がらない
経皮的心肺補助法(PCPS;人工心肺)
甲状腺クリーゼで心原性ショック、急性循環不全をおこし、緊急でカテコラミン投与、大動脈内バルーンパンピング(IABP)開始したが、効果不十分で、経皮的心肺補助法 (percutaneous cardiopulmonary support:PCPS)を併用し救命しえた報告があります[J Cardiol Jpn Ed 2013; 8: 127–130.][Masui. 2016 Dec;65(12):1248-1254.]。
患者への侵襲が大きいが、低体温循環により脳へのダメージを最小限に抑えて、心臓の治療に専念できます。
心筋壁運動が改善すれば経皮的心肺補助法(PCPS)から離脱できます。
(写真看護rooより)
それでも救命できない甲状腺クリーゼ
実際、血漿交換・持続濾過透析(CHDF)、経皮的心肺補助法(PCPS;人工心肺)・IABP(大動脈内バルーンパンピング)による補助循環を追加しても救命できない激烈なケースもあります。(第59回 日本甲状腺学会 P4-7-6 血漿交換および補助循環を用いても救命し得なかった甲状腺クリーゼの1 例)
この状況下で甲状腺全摘手術!?
抗甲状腺薬、ヨウ化カリウム、副腎皮質ステロイド、持続的血液濾過透析、体外式膜型循環装置、血漿交換を行ったが、甲状腺ホルモン高値が持続(TSH 0.003µIU/ml,FT3 50.22pg/ml,FT4 10.47ng/dl)。
保存的加療のみでの管理は困難と判断し、甲状腺全摘術施行、術後、甲状腺ホルモン値は低下、全身状態改善、意識回復し救命できた報告があります。(第61回 日本甲状腺学会 O7-3 甲状腺クリーゼに対して集学的治療後、甲状腺全摘術が施行され 改善した1例)
結果オーライ、めでたし、めでたしですが、驚くのは、よくこの状態で外科が手術してくれた事です。甲状腺手術ができる外科医は、おそらく外科の中でも最も数が少なく、予定外で緊急手術に対応できる人的資源が無い。また、このような不安定な状態では手術自体のリスクが高く、手術中に患者が死亡した場合、例え医師に落ち度が無くても遺族が訴えてくるケースがあります。ひどい場合、刑事告発され手術した医師が逮捕される可能性も大いにあります(悲しいですが医師の善意が踏みにじられる日本の社会です)。外科を志望する医学生が激減し、外科医不足が深刻化している最大要因の1つです。
元々、甲状腺機能亢進症/バセドウ病に低T3症候群(ノンサイロイダルイルネス)を合併した甲状腺クリーゼでは、治療が奏功し全身状態が改善してくると、抑制されていたT4→T3変換が解除され、一時的に血中FT3が上昇します。
甲状腺関連の上記以外の検査・治療 長崎甲状腺クリニック(大阪)
長崎甲状腺クリニック(大阪)とは
長崎甲状腺クリニック(大阪)は日本甲状腺学会認定 甲状腺専門医[橋本病,バセドウ病,甲状腺超音波(エコー)検査など]による甲状腺専門クリニック。大阪府大阪市東住吉区にあります。平野区,住吉区,阿倍野区,住之江区,松原市,堺市,羽曳野市,八尾市,東大阪市,天王寺区,生野区,浪速区も近く。