無痛性甲状腺炎とバセドウ病との見分け方[日本甲状腺学会認定 甲状腺専門医 橋本病 バセドウ病 甲状腺超音波エコー検査 長崎甲状腺クリニック大阪]
甲状腺:専門の検査/治療/知見④ 橋本病 バセドウ病 甲状腺エコー 長崎甲状腺クリニック大阪
甲状腺専門の長崎甲状腺クリニック(大阪府大阪市東住吉区)院長が海外・国内論文に眼を通して得た知見、院長自身が大阪市立大学 代謝内分泌内科(内分泌骨リ科)で得た知識・経験・行った研究、甲状腺学会で入手した知見です。
長崎甲状腺クリニック(大阪)以外の写真・図表はPubMed等で学術目的にて使用可能なもの、public health目的で官公庁・非営利団体等が公表したものを一部改変しています。引用元に感謝いたします。
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Summary
甲状腺機能亢進症/バセドウ病は持続的に甲状腺ホルモンが高値、無痛性甲状腺炎は一過性で1-3か月後に正常化・低下。軽度なもの程、鑑別困難。FT3/FT4比が2.5以上でバセドウ病の確率高。TSHレセプター抗体(TR-Ab)(ECLIA)3.0IU/l以上なら、99%甲状腺機能亢進症/バセドウ病、0.8IU/l以下は100%無痛性甲状腺炎。vascular index(血流指数)または血管密度は絶対的でない。下甲状腺動脈血流速度(ITA-PSV)も有用で、無痛性甲状腺炎は低下。99mTc(テクネチウム)シンチグラフィーはカットオフ値0.74%以下で無痛性甲状腺炎。尿中ヨード排泄量(UI)測定は普及していない。
Keywords
甲状腺機能亢進症,バセドウ病,甲状腺ホルモン,無痛性甲状腺炎,鑑別,FT3/FT4比,TSHレセプター抗体,TR-Ab,99mTc(テクネチウム)シンチグラフィー,尿中ヨード排泄量
バセドウ病と間違える無痛性甲状腺炎
甲状腺ホルモンの値が高く、甲状腺機能亢進症/バセドウ病とよく間違える無痛性甲状腺炎があります。橋本病(慢性甲状腺炎)に、過剰なヨード(ヨウ素)摂取・ストレス(精神的・手術・出産など)が引き金になっておこる事が多く、バセドウ病の寛解期(活動性が収まっている時期)にもおき、再発と間違えることがあります。
甲状腺機能亢進症/バセドウ病が持続的に甲状腺ホルモンが高値であるのに対して、無痛性甲状腺炎の甲状腺ホルモン上昇は一過性で、1-3か月の甲状腺ホルモン変化(正常化または低下)をみればおのずと診断がつきます。ただし薬剤性の無痛性甲状腺炎(特に不整脈の薬のアミオダロン、アンカロン®)は最長4年におよぶものもあり注意が必要です。
バセドウ病にヨウ化カリウム(KI)一年以上投与で無痛性甲状腺炎?
甲状腺機能亢進症/バセドウ病治療で、メルカゾールに追加してヨウ化カリウム(KI)を漫然と投与する治療法に、筆者は反対の立場です。ヨウ化カリウム(KI)は、大量のヨード(ヨウ素)なので、例えヨウ化カリウム(KI)丸 1錠/隔日でも、長期投与すれば人工的なヨード(ヨウ素)過剰摂取になります。
例えば、筆者が読んだ報告では、メルカゾール 15mg(3錠)/日、KI丸 1錠/日で治療開始、中途再発する事無く、1年数か月までメルカゾール 5mg(1錠)/日、KI丸 1錠/隔日を続け無痛性甲状腺炎発症。(出典は伏せます)
メルカゾール 維持量が5mg(1錠)/日以上になっても、ヨウ化カリウム(KI)は早期に中止すべきと筆者は考えます。
原始的ですが、診察所見は医学の基本であり、原点です。視診から始まる診察で、甲状腺機能亢進症/バセドウ病では
- 眼球突出、特徴的な眼の形(ダーリンプル徴候)、瞬目(まばたき)減少(ステルワーグ徴候)、眼の周囲の腫れなど甲状腺眼症:バセドウ病眼症(橋本病眼症の事もあるので絶対的ではありません)
- 色黒の肌、険しい表情
- 手の振るえ(姿勢時振戦)、震えた手で書かれた問診票の字(Thyroid. 2014 Aug;24(8):1218-22.)
が特徴的です。最も、眼の症状なく、手の振るえのないバセドウ病など普通にあるため、これらは必要条件ではありません(感度低い)。しかし存在すれば高確率でバセドウ病と診断できる十分条件なのです(特異度高い)。
例外的にバセドウ病の既往があり、寛解(投薬なく甲状腺機能が正常に維持できている)中に無痛性甲状腺炎を起こす事は珍しくありません。寛解していても眼球突出は消えていないので、バセドウ病の再発と誤認する可能性があります。
無痛性甲状腺炎は破壊により甲状腺内の甲状腺ホルモンが血中へ流出するだけなので、FT3/FT4が同程度に上昇します。甲状腺機能亢進症/バセドウ病ではT4→T3への変換を促進する1型脱ヨード酵素が活性化され、FT3/FT4比が大きくなります。FT3/FT4比が2.5以上であれば、甲状腺機能亢進症/バセドウ病の可能性が高いと言えます。
(Endocr J. 2005 Oct;52(5):537-42.)
ただし、甲状腺機能亢進症/バセドウ病でも、低栄養状態など、低T3症候群(ノンサイロイダルイルネス)を合併すると
- 低TSH,低FT3,高FT4
- 低TSH,低FT3,正FT4
のパターンで、FT3/FT4比が2.5未満になるため要注意です(低T3,低TSH,高T4は甲状腺機能亢進症/バセドウ病に低T3症候群を合併)。甲状腺機能亢進症/バセドウ病の約2%でこうなるとされます。(Endocrinol Jpn. 1992 Aug;39(4):371-6.)
甲状腺機能亢進症/バセドウ病の原因であるTSHレセプター抗体(TSH Receptor Antibody:TR-Ab)が無痛性甲状腺炎でも現れることが多々あります。
上條甲状腺クリニックの報告によると、明らかな(顕在性の)甲状腺中毒症で、第3世代のバセドウ病抗体TRAb(ECLIA)が3.0IU/l以上なら、99%以上の確率で甲状腺機能亢進症/バセドウ病と診断できますが、1%以下の確率で無痛性甲状腺炎のことがあります。
TRAb0.8~3.0IU/lは甲状腺機能亢進症/バセドウ病、無痛性甲状腺炎いずれもあり得る(確率的に半々)グレーゾーン(境界域)です。[Endocr J. 2010;57(10):895-902.]
TRAb(ECLIA)0.8IU/l以下は100%無痛性甲状腺炎です)。
(TRAb(ECLIA)のカットオフ値2.0IU/l以上なら、無痛性甲状腺炎でなく甲状腺機能亢進症/バセドウ病と診断できるか?)
TRAb(ECLIA)を過信すると鑑別を誤る事も
TRAb(ECLIA)を過信すると鑑別を誤る事があります。信じ難いケースが報告されています。
寛解し、メルカゾールも中止しているバセドウ病、甲状腺機能正常、TRAb<0.8 IU/L と完全に陰性化。その後、TSH 0.079 μ IU/mL、FT4 2.14ng/dL、FT3 4.85 pg/mLとFT3/FT4比が正常の甲状腺中毒症になるも、TRAb 6.2 IU/L と陽転化(しかも高値)。誰もがバセドウ病の再発を疑いますが、エコーで甲状腺に血流増加なく、TSAb 102%(<120%) と正常(筆者は100%以上はグレーゾーンと考えていますが)、無投薬で潜在性甲状腺機能低下状態に移行(この時点でTRAb 38.6IU/L↑↑ 😲)。(第62回 日本甲状腺学会 P36-4 抗甲状腺薬中止後にTRAb陽転化を伴う無痛性甲状腺炎を発症したBasedow病の1例)
TRAb(ECLIA)の偽高値は過去にも報告されていますが(TRAb(ECLIA)の偽高値)、ここまで紛らわしいのは困ったものです。
vascular index(血流指数)が増加した無痛性甲状腺炎
vascular index(血流指数)が増加した急性期の無痛性甲状腺炎の下甲状腺動脈の収縮期最大血流速度(ITA-PSV);ITA-PSVは低下しています。
筆者らが、バセドウ病再発・抗甲状腺薬の効き易さ予測 のために開発した下甲状腺動脈の収縮期最大血流速度(ITA-PSV)測定 は、無痛性甲状腺炎と甲状腺機能亢進症/バセドウ病と区別するのにも有用です。
無痛性甲状腺炎の急性期の下甲状腺動脈収縮期最大血流速度(ITA-PSV)は、正常~低値です。甲状腺機能亢進症/バセドウ病の下甲状腺動脈収縮期最大血流速度(ITA-PSV)は正常~異常高値です。
筆者らが提唱した下甲状腺動脈の収縮期最大血流速度(ITA-PSV)を応用した論文がインドから出ています。甲状腺機能亢進症/バセドウ病と無痛性甲状腺炎を鑑別できる下甲状腺動脈の収縮期最大血流速度(ITA-PSV)のカットオフ値は、30cm/s(感度91%、特異度89%)と報告しています[Arch Endocrinol Metab. 2019 Sep 2;63(5):495-500.]。
ただ、筆者の経験ではカットオフ値は32.0 cm/sにした方が感度はあまり変わらず特異度が高くなります。特異度は89%程度なので、ITA-PSV 30.0-45.0 cm/sくらいの無痛性甲状腺炎は珍しくありません。むしろITA-PSVのみでバセドウ病と判断すれば診断を誤る可能性があります。
さすがに、ITA-PSV≧50.0cm/s の無痛性甲状腺炎は見た事がありませんので、99%バセドウ病でしょう。
99mTc(テクネチウム)シンチグラフィーの正常範囲は0.4-3%と教科書に書いていますが、無痛性甲状腺炎と甲状腺機能亢進症/バセドウ病を鑑別する数値基準はあいまいです。
- 京都大学の報告では、0.74%が鑑別のカットオフ値(感度96.9%、特異度87.5%)との事です(決して100%ではありません)。
(第58回 日本甲状腺学会 P1-2-2 甲状腺中毒症の鑑別における99mTcO4-摂取率の有用性の検証と診断能向上の試み) - 東京大学の報告では、1.0%が鑑別のカットオフ値(感度96.6%、特異度97.1%)との事です(決して100%ではありません)。
(Endocr J. 2016;63(2):143-9.)
つまり、0.75%-3%の正常範囲内でも甲状腺機能亢進症/バセドウ病と診断できる訳です。(第58回 日本甲状腺
99mTc(テクネシウム)シンチグラフィーの難点
99mTc(テクネシウム)シンチグラフィーは
- 20-30分で結果出ますが、高価です。また、用時オーダーで作られる放射性同位元素なのでキャンセル利きません。大学病院等でも数か月待ちなので、そのころには甲状腺ホルモンの変動から無痛性甲状腺炎とバセドウ病の鑑別がついている事多く、もはや被曝してまで行う意味がありません。
- ヨード(ヨウ素)制限不要ですが、多量のヨード(ヨウ素)摂取[甲状腺機能亢進症/バセドウ病でのKI(ヨウ化カリウム)一日30mg投与、あるいは乾燥コンブ一日16g摂取]で甲状腺への取り込みが阻害され、甲状腺機能亢進症/バセドウ病を無痛性甲状腺炎と間違える可能性あります(偽陰性)。
[ヨード(ヨウ素)中止後取り込みが回復、KI(ヨウ化カリウム)中止後1か月で、海藻類過剰摂取なら10日程で]。
(第57回 日本甲状腺学会 P1-045 海藻類の大量摂取のためテクネシウム甲状腺摂取率が低値となったバセドウ病の1 例)
- 潜在性甲状腺機能亢進症のような軽度の甲状腺中毒症の診断、無痛性甲状腺炎の鑑別は不可能です。
尿中ヨード(ヨウ素)排泄量(UI)を測定し、無痛性甲状腺炎と甲状腺機能亢進症/バセドウ病を区別する方法が、保険診療で認められています。
無痛性甲状腺炎では尿中総ヨード(ヨウ素)排泄量(UI)が増加。無痛性甲状腺炎により破壊された甲状腺組織からヨード(ヨウ素)化合物が血中に漏出→末梢で脱ヨード(ヨウ素)化されて生じた無機ヨード(ヨウ素)が再利用されず、腎より尿中へ排泄されます。
一方、甲状腺機能亢進症/バセドウ病では、甲状腺へのヨード(ヨウ素)取り込みが増加。末梢で脱ヨード(ヨウ素)化され生じた無機ヨード(ヨウ素)も効率よく甲状腺へ取り込まれて再利用されます。よって、尿中総ヨード(ヨウ素)排泄量(UI)は増加しません。
甲状腺関連の上記以外の検査・治療 長崎甲状腺クリニック(大阪)
長崎甲状腺クリニック(大阪)とは
長崎甲状腺クリニック(大阪)は日本甲状腺学会認定 甲状腺専門医[橋本病,バセドウ病,甲状腺超音波(エコー)検査など]による甲状腺専門クリニック。大阪府大阪市東住吉区にあります。平野区,住吉区,阿倍野区,住之江区,松原市,堺市,羽曳野市,八尾市,天王寺区,東大阪市,生野区,天王寺区,浪速区も近く。