乳癌と甲状腺 [日本甲状腺学会認定 甲状腺専門医 橋本病 バセドウ病 甲状腺超音波エコー検査 甲状腺機能低下症 長崎甲状腺クリニック 大阪]
甲状腺:専門の検査/治療/知見② 橋本病 バセドウ病 甲状腺エコー 長崎甲状腺クリニック大阪
甲状腺専門の長崎甲状腺クリニック(大阪府大阪市東住吉区)院長が海外・国内論文に眼を通して得た知見、院長自身が大阪市立大学大学院医学研究 代謝内分泌病態内科で得た知識・経験・行った研究、甲状腺学会で入手した知見です。
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長崎甲状腺クリニック(大阪)は甲状腺専門クリニックです。乳癌の診療を行っておりません。
甲状腺編 では収録しきれない専門の検査/治療です。
厚生労働省の資料によると、2020年度の乳がん検診の受診率は15.6%です。
Summary
特に若年で、共に女性に多い乳癌・甲状腺がんの重複癌が多い。理由はコーデン症候群含め遺伝的感受性、共通のTSH受容体とエストロゲン受容体の可能性。エストロゲン受容体/プロゲステロン受容体陽性の篩(ふるい)型[モルラ(渦巻き)型]甲状腺乳頭癌、TSH受容体陽性の乳がん細胞も存在。甲状腺濾胞上皮と乳腺上皮は類似。甲状腺機能低下症でエストロゲン感受性が高まり乳癌リスク増大の可能性。橋本病(慢性甲状腺炎)の乳癌発生率も高く、橋本病と甲状腺乳頭癌の関連性を考えれば有り得る。甲状腺機能亢進症/バセドウ病も高エストロゲン血症で乳癌リスクが増加。
Keywords
女性,乳癌,甲状腺,甲状腺機能亢進症,バセドウ病,TSH受容体,エストロゲン受容体,甲状腺乳頭がん,甲状腺機能低下症,橋本病
乳癌・甲状腺がんの重複癌
乳癌・甲状腺がん共に女性に多い癌です。
乳癌・甲状腺がんの重複癌をおこす確率は高く、
- 甲状腺癌患者の2.1%(34名/1,618名)に乳癌発生
- 乳癌患者の0.06%(24名/39,194名)に甲状腺癌発生(Br J Cancer, 49 : 87-92, 1984)(Breast Cancer Res Treat. 2015 Jul;152(1):173-181.)
- 特に若年発症者で重複率高い(Cancer Causes Control. 2000 Oct; 11(9):805-11.)
(Healthline Cancer Epidemiol Biomarkers Prev. 2016 Feb;25(2)231-8.)
その理由として
- 遺伝的感受性(遺伝的に両方の癌に成り易い);乳癌・甲状腺がんの重複癌をおこす遺伝病も存在します[コーデン(Cowden)症候群][ポイツ・ジェガーズ(Peutz-Jeghers)症候群][遺伝性非ポリポーシス大腸がん(リンチ症候群)]
- 共通の受容体経路(TSH受容体とエストロゲン受容体の刺激伝達系)
エストロゲン受容体/プロゲステロン受容体陽性の甲状腺乳頭がん(篩(ふるい)型[モルラ(渦巻き)型]甲状腺乳頭癌(cribriform-morular variant))も存在(Cancer letters. 1994;84:59–66.)
TSH受容体陽性の乳がん細胞が存在(Oncogene. 2002;21:4307–16.)
どちらも女性ホルモンが関与している可能性があります。
- 甲状腺濾胞上皮細胞と乳腺上皮細胞の類似性;どちらもナトリウム-ヨード シンポーター[sodium/iodine symporter (NIS)]を持ち、細胞内にヨード(ヨウ素)を取り込みます。特に甲状腺癌と乳癌組織でナトリウム-ヨード シンポーター発現が増加します(Nat Med. 2000;6(8):871–878.)。
ヨード(ヨウ素)の酸化は、甲状腺のペルオキシダーゼと同様に乳腺の乳酸ペルオキシダーゼによっても行われます。甲状腺濾胞上皮/乳腺上皮細胞ともに、ヨード(ヨウ素)に乏しい陸上で生活できるよう、ヨード(ヨウ素)を体内に取り込む原始的な胃腸細胞から進化したものです(Adv Clin Path. 2000 Jan;4(1):11-7.)。
- エプスタイン‐バールウイルス(EBV)の関与;健常人と比べると、乳癌患者はヒトパピローマウイルス(HPV)とエプスタイン‐バールウイルス(EBV)の陽性率が高く、甲状腺癌患者はEBV陽性率が有意に高い。HPVタンパクとEBVタンパクは乳癌細胞に、EBVタンパクは、それより弱いながらも甲状腺癌細胞に直接的および全体的な影響を及ぼすとされます。(Asian Pac J Cancer Prev. 2020 May 1;21(5):1431-1439.)
米国予防サービスタスクフォース(USPSTF)は、50歳以上の女性に隔年のスクリーニングマンモグラフィー(乳がん検診と言えるでしょう)を勧めていますが、甲状腺癌の既往を持つ女性は40歳でスクリーニングマンモグラフィーを始めるべきと結論を出しています(Cancer Epidemiol Biomarkers Prev. 2016 Feb;25(2):231-8.)。
乳癌・甲状腺がん共に女性に多い癌ですが、現在、証明されている発癌の危険因子(リスクファクター)は微妙に異なります。
乳癌では、
- 女性(当たり前か)
- 高エストロゲン状態;未出産・初産年齢が高い。授乳歴がない。初経年齢が早い、閉経年齢が遅い。閉経後ホルモン補充療法(エストロゲン+合成黄体ホルモン)
- 多量の飲酒;甲状腺癌では証明されておらず
- 喫煙;甲状腺癌では証明されておらず
- 閉経後肥満;脂肪がアロマターゼを産生しエストロゲンが合成される。閉経前乳がんは逆に肥満者でリスクが低くなる
- 糖尿病
- 高血圧(乳がん発症リスクが15%高くなる)
- 高身長
- 乳がん・卵巣がん患者の家族歴
- 甲状腺機能低下症/橋本病(慢性甲状腺炎)
- 甲状腺機能亢進症/バセドウ病
甲状腺癌では、
- 女性
- 高エストロゲン状態;甲状腺癌細胞はエストロゲン受容体を有します。[Endocr Relat Cancer. 2014 Oct;21(5):T273-83.][Front Oncol. 2021 Apr 28;11:593479.][Front Endocrinol (Lausanne). 2014 Jul 25;5:124.]
- 肥満[Int J Environ Res Public Health. 2022 Jan 20;19(3):1116.]
- メタボリック症候群[Int J Surg. 2018 Sep;57:66-75.]
-
糖尿病[Int J Surg. 2018 Sep;57:66-75.]
- 甲状腺疾患または甲状腺がんの家族歴
- 甲状腺機能低下症/橋本病(慢性甲状腺炎)
- 甲状腺機能亢進症/バセドウ病
- 放射線被ばく;チェルノブイリ原発事故後に甲状腺癌が大量発生しまhした。(放射線誘発性甲状腺癌)
乳癌検診と甲状腺癌検診
甲状腺癌検診は推奨されていませんし、行政がおこなう癌検診には含まれません。しかし、乳癌検診は積極的に推奨されています。
日本の乳がん検診(マンモグラフィ)は、健康増進法に基づく健康増進事業として市町村が実施しています。乳がん検診(マンモグラフィ)は対策型がん検診で、集団全体(日本国民)の死亡率を下げるために行われます(ちなみに個人の死亡率を下げるための任意型がん検診は人間ドックなどです)。有効性が確立された対策型がん検診は、子宮がん検診(細胞診)、乳がん検診(マンモグラフィ)、大腸がん検診(便潜血検査)の3つだけです。
厚生労働省は隔年での触診とマンモグラフィの併用検診を推奨し
- 視触診は座位と臥位の2つの体位で行う
- マンモグラフィは2方向からの撮影が基本
疑わしい所見が出たら、乳腺超音波(エコー)検査と組織生検を行います。乳がんの乳房内での広がりを診断するにはCT、MRIが有用で、造影MRIでは早期濃染像により浸潤範囲が明確に分かります。
甲状腺癌の放射性ヨード治療(I-131 アブレーション治療)後に発生する乳癌
甲状腺癌の放射性ヨード治療[I-131 アブレーション(アジュバント)治療]後に出てくる甲状腺以外の癌(非甲状腺性第二原発癌:nonthyroidal second primary malignancies)として最も多いのは乳癌です。
その理由として、
- 上記のごとく、元々、合併しやすい
- 転移した甲状腺癌による正常免疫の低下が、重複癌である乳癌の成長を加速する
- 放射性ヨード治療(I-131 アブレーション治療)が原因・誘因の2次発がん
などが考えられます。(second primary cancer)
また、甲状腺癌に使うよりはるかに少ない放射線量のため、これまで安全と考えられていた甲状腺機能亢進症/バセドウ病のアイソトープ(放射性ヨウ素)治療(I-131 内用療法)でも治療約30年後に乳癌死亡率が増加することが証明されています。(甲状腺機能亢進症/バセドウ病のアイソトープ(放射性ヨウ素)治療で乳癌死亡率増大)
乳癌も甲状腺癌も骨転移
前立腺癌、乳癌、腎癌、肺癌、甲状腺癌の順に骨転移をきたしやすく、肝癌、胃癌の骨転移もあります。骨痛、上下肢痛、上下肢麻痺などの脊椎転移症状があれば、これらの癌の脊椎転移を疑いエックス線、脊椎CT/MRI 撮影が必要です。
脊髄圧迫による麻痺を呈している場合、まず除圧固定術と放射線治療を考慮します。
甲状腺機能低下症と乳癌
甲状腺機能低下症の患者に乳癌発生のリスクが高いとする報告が多数あります。
乳癌患者の18.5%に甲状腺機能低下症を認める(Cancer, 17 : 1174-1176, 1964)
甲状腺機能低下症患者の2.8%は数年以内に乳癌発生(JAMA, 251 : 616-619, 1984)
特に、コントロールの悪い甲状腺機能低下症患者で乳癌のリスクが増加(BMJ Open. 2018 Mar 30;8(3):e020194.)
※反対意見もあります(Cancer Res, 35 : 528-530, 1975)
原因は不明ですが、
- 筆者が推察するに、甲状腺機能が低下した状態では、全身の新陳代謝の低下と、低体温により2次的な免疫力低下が起きます。そのため、当然、癌細胞が発生しても駆除する力が弱く(癌免疫の低下)、乳癌が発生しやすい環境にあると考えられます(甲状腺機能低下症と免疫力低下)。
- 甲状腺機能低下症が乳腺上皮細胞のエストロゲン感受性を高める(Nature 1974;248:525–526.)
- 甲状腺機能低下症の最も多い原因は橋本病(慢性甲状腺炎)で、次項の如く、橋本病(慢性甲状腺炎)患者の乳癌発生率は高い。
甲状腺刺激ホルモン(TSH)とプロラクチン(PRL)が高いほど乳癌は治療抵抗性で予後が悪い
甲状腺刺激ホルモン(TSH)とプロラクチン(PRL)が高いほど乳癌は治療抵抗性で予後が悪いとされます。[Anticancer Res. 1996 Jul-Aug;16(4A):2069-72.]
橋本病(慢性甲状腺炎)と乳癌
橋本病(慢性甲状腺炎)患者の乳癌発生率は、一般女性の約5.4倍と高率です(Lancet, 2 : 1119-1121, 1975)。
最近の論文は、ほとんどが、橋本病(慢性甲状腺炎)と甲状腺乳頭癌の関連を肯定しています(橋本病(慢性甲状腺炎)に発生する甲状腺乳頭癌)。前述の通り、乳癌と甲状腺がんの共通性を考えると当然かもしれません。
乳癌系血清腫瘍マーカー CA15-3が甲状腺機能低下症で高値
乳癌系血清腫瘍マーカー CA15-3(carbohydrate antigen 15-3)が甲状腺機能低下症で偽高値になる事があります。CA15-3は比較的乳癌に特異性が高いものの、卵巣癌、肺癌、膵癌など他の腺癌でも陽性になる可能性があります(J Clin Oncol 1986; 4: 1542-50.)。また、良性乳腺疾患・肝炎・サルコイドーシス・結核・全身性エリテマトーデス(SLE)・甲状腺機能低下症などの良性疾患でも高値になる事があります(Breast Cancer Res Treat 1989; 13: 123-33.)。
甲状腺機能亢進症/バセドウ病での乳癌発生リスク
甲状腺機能亢進症/バセドウ病と乳癌の関連について22編の論文のうち、15は有意な疫学的または生物学的関連性を認めています(Gynecol Obstet Fertil Senol. 2018 Apr;46(4):403-413.)。
- 甲状腺機能亢進症の女性は、甲状腺疾患のない女性と比較し、60歳以降の乳癌死亡率が約2倍(危険度[HR]=2.04[信頼区間(CI))1.16-3.60]。一方、卵巣がんの死亡率には影響なかった(Thyroid. 2017 Aug;27(8):1001-1010.)。
- 特に、コントロールの悪い55歳未満の甲状腺機能亢進症患者で乳癌のリスクが増加(BMJ Open. 2018 Mar 30;8(3):e020194.)
甲状腺機能亢進症/バセドウ病では、末梢のアロマターゼを直接刺激しアンドロゲンからエストロゲンへの変換が起こり、血中エストロゲンが増加、エストロゲン依存性に発育する乳癌のリスクが上がる危険性があります。(Ann Clin Biochem. 2001;38:596‐607.)
甲状腺機能亢進症/バセドウ病の女性は定期的に乳がん検診を受ける必要があります。例え、治療により、現在、甲状腺機能が正常に保たれていても、甲状腺機能亢進していた時期に発がんの引き金(トリガー)が引かれてしまった可能性があります。
写真は乳腺に集積したアイソトープ(放射性ヨウ素:I-131)です。[J Nucl Med. 1996 Jan;37(1):26-31.)]
甲状腺機能亢進症/バセドウ病のアイソトープ(放射性ヨウ素)治療(I-131 内用療法)をした場合、甲状腺だけでなく、乳腺にもかなり取り込まれます。甲状腺と乳腺が共にを取り込む性質を持っているからです。
アイソトープ(放射性ヨウ素)治療を受けた女性バセドウ病患者の約30年後の乳癌死亡率は、健常対照者と比べ12%増加したとの論文が出ています。[Association of Radioactive Iodine Treatment With Cancer Mortality in Patients With Hyperthyroidism Kitahara CM, Berrington de Gonzalez A, Bouville A, Brill AB, Doody MM, Melo DR, Simon SL, Sosa JA, Tulchinsky M, Villoing D, Preston DL. (JAMA Intern Med. 2019;179(8):1034-1042.)]
詳細は、恐れていた事が・・・バセドウ病でもアイソトープ(放射性ヨウ素)治療後、全身の発がんリスクが上昇 を御覧ください。
意外に遺伝性乳癌卵巣癌症候群(hereditary breast and ovarian cancer syndrome:HBOC)は、甲状腺癌と無関係です。現在まで両者の合併報告は皆無です。
遺伝性乳癌卵巣癌症候群(HBOC)は、常染色体優性遺伝形式のBRCA1、BRCA2 などの遺伝子変異です。精巣と胸腺で強く、乳腺や卵巣でも発現している細胞分裂の制御に関与する遺伝子です。他にもDNA 二重鎖切断の修復に関わる遺伝子が考えられています。
おそらく、これらの遺伝子変異は甲状腺癌の発生に関与しないと考えられます。膵臓がん、前立腺がんには関与する様です。
遺伝性乳癌卵巣癌症候群(HBOC)は乳癌全体の約3-5%、卵巣がん全体の約10%と推測されます。
遺伝性乳癌卵巣癌症候群(HBOC)では
- 乳癌40-90%、約半数は両側性
- 卵巣癌10-60%
- 男性乳癌1.2-6.8%
の確率で発生します。(日本 HBOC コンソーシアム)
遺伝性乳癌卵巣癌症候群(HBOC)で予防的乳房摘出、卵巣摘出すべきか議論がある所です。アメリカではハリウッド女優が予防的乳房・卵巣摘出し、話題になりました。
乳癌切除後、乳房再建に使用するシリコンゲル充填乳房インプラントでは、シリコンがアジュバントになり橋本病(慢性甲状腺炎)や無痛性甲状腺炎が発症したとの報告があります。いずれも数年-数十年後、長期間の潜伏後に発症しています。甲状腺だけなら大した問題になりませんが、乳房インプラントに炎症がおこり、膠原病性関節炎が発症しています。(Endocr Pathol. 2002 Fall; 13(3):239-44.)(J Mal Vasc. 1997 Jul; 22(3):198-9.)
アジュバント(Adjuvant)は免疫補助剤で、免疫反応を誘導するためにワクチンに含まれる物質です。もちろん、乳房シリコンは免疫を誘導するのが目的ではありませんが、結果的に自己免疫を誘発してしまいました。この病態は、autoimmune/inflammatory syndrome induced by adjuvants(ASIA)と呼ばれます(J Autoimmun. 2011 Feb; 36(1):4-8.)。
特に、HLA遺伝子のDRB1 *01を有する人に起こり易いとされます(Expert Rev Clin Immunol. 2013 Apr; 9(4):361-73.)。
甲状腺関連の上記以外の検査・治療 長崎甲状腺クリニック(大阪)
- 甲状腺編
- 甲状腺編 part2
- 内分泌代謝(副甲状腺/副腎/下垂体/妊娠・不妊等
も御覧ください
長崎甲状腺クリニック(大阪)とは
長崎甲状腺クリニック(大阪)は日本甲状腺学会認定 甲状腺専門医[橋本病,バセドウ病,甲状腺超音波(エコー)検査など]による甲状腺専門クリニック。大阪府大阪市東住吉区にあります。平野区,住吉区,阿倍野区,住之江区,松原市,堺市,羽曳野市,八尾市,天王寺区,東大阪市,生野区,浪速区も近く。