甲状腺と新型コロナウイルス感染症(COVID-19)[日本甲状腺学会認定 甲状腺専門医 橋本病 バセドウ病 甲状腺超音波エコー 長崎甲状腺クリニック 大阪]
甲状腺:専門の検査/治療/知見② 橋本病 バセドウ病 甲状腺エコー 長崎甲状腺クリニック大阪
甲状腺専門の長崎甲状腺クリニック(大阪府大阪市東住吉区)院長が海外・国内論文に眼を通して得た知見、院長自身が大阪市立大学附属病院 代謝内分泌内科で得た知識・経験・行った研究、日本甲状腺学会で入手した知見です。
長崎甲状腺クリニック(大阪)以外の写真・図表はPubMed等で学術目的にて使用可能なもの、public health目的で官公庁・非営利団体等が公表したものを一部改変しています。引用元に感謝いたします。
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甲状腺機能低下症であれ、甲状腺機能亢進症であれ、甲状腺ホルモン異常がある人は、新型コロナウイルス感染(coronavirus disease 2019:COVID-19) で重症化しやすく、死亡率が高いとの報告があります(Mol Cell Endocrinol. 2021 Feb 5;521:111097.)
弱毒化したオミクロン株は重症化が少ないものの、甲状腺の病気で免疫不全になっていればその限りではなく、新型コロナウイルス感染(COVID-19)の合併症として甲状腺の病気が惹起されます。
また、新型コロナウイルス(severe acute respiratory syndrome coronavirus 2:SARS-CoV-2) が結合し、増殖するのに必要な細胞膜結合酵素アンジオテンシン変換酵素2[ACE-2]は、甲状腺・下垂体にも発現しています。(Infect Dis Poverty. 2020 Apr 28;9(1):45.)
[図;Medicine (Baltimore). 2022 Jul 8;101(27):e29401.より改変]
長崎甲状腺クリニック(大阪)は甲状腺専門クリニックです。新型コロナウイルスの診療、抗原検査、PCR検査を一切行っておりません。
新型コロナワクチンの取り扱いはありません。
Summary
甲状腺機能低下症では全身の新陳代謝低下と低体温で2次的免疫不全になり、新型コロナウイルス感染(COVID-19)すれば重症化・肺炎、粘液水腫性昏睡の危険。甲状腺ホルモン剤(チラーヂンS)で血中甲状腺ホルモン濃度を正常にすれば正常人と同じ免疫力。甲状腺機能正常橋本病も正常人と同じ免疫力。新型コロナウイルス感染後に潜在性甲状腺機能低下症/橋本病が見つかる事も。新型コロナウイルス感染により無痛性甲状腺炎(破壊性甲状腺炎)、低T3症候群(ノンサイロイダルイルネス,重症化・予後と関連)発症。新型コロナウイルス感染後、亜急性甲状腺炎に。
甲状腺機能亢進症/バセドウ病で未治療(見つかっていない)、治療途中、服薬自己中断など甲状腺ホルモンが正常でない時に新型コロナウイルス感染すると致死率十数%の甲状腺クリーゼに至る危険性。
Keywords
甲状腺機能低下症,免疫不全,甲状腺ホルモン,新型コロナウイルス,重症化,甲状腺,低T3症候群,橋本病,粘液水腫性昏睡,亜急性甲状腺炎
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、甲状腺の病気を持つ人にとって、他人事ではありません。
甲状腺機能低下症と免疫力低下には、いろいろな意見があります。甲状腺ホルモンの低下そのものが、免疫系統に直接影響する証拠はありません。[ただし、最近の基礎医学研究では甲状腺ホルモンそのものが免疫細胞に直接影響する結果が大半を占めています(下記)]
甲状腺機能が低下すると、全身の新陳代謝低下と低体温による2次的な免疫不全に至ります。
例え、甲状腺機能低下症でも、甲状腺ホルモン剤(チラーヂンS)で血中甲状腺ホルモン濃度を正常範囲にコントロールすれば、正常な人と同じ免疫力に回復します。
しかしながら、
- 甲状腺機能低下症が見逃されている
- 甲状腺機能低下症と診断されても患者自身が治療を放棄
- 甲状腺ホルモン剤(チラーヂンS)補充を開始して間がなく、血中甲状腺ホルモン濃度が正常範囲に到達していない
などの状態では免疫不全のままです。(第58回 日本甲状腺学会 P2-10-6 急速に進行した甲状腺機能低下症にRamsay Hunt症候群を認めた83歳女性の一例)
血中の甲状腺ホルモン値が正常化していない状態で、もし新型コロナウイルス感染したら、重症化して肺炎になるかもしれません。オミクロン株であれデルタ株であれ、重症化するのは免疫力が低下している人です。
また、甲状腺ホルモンが正常化していない甲状腺機能低下症/橋本病では、新型コロナウイルス感染により致死率が十数%の粘液水腫性昏睡に至る可能性があります。
5類移行後はなくなりましたが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の社会的影響として、受診抑制による検査機会の減少、服薬アドヒアランス低下(特に通院中断)により、粘液水腫性昏睡 に至る可能性が懸念されていました。
最近の基礎医学研究の論文
基礎医学の分野では、「甲状腺ホルモンそのものが免疫系の細胞に作用し活性化させる」研究結果が大半を占め、感染防御に大きな役割を担うとされます。(甲状腺と自然免疫 )
(Front Endocrinol (Lausanne). 2019 Jun 4;10:350.)
甲状腺機能正常橋本病では?
甲状腺ホルモンが正常で、甲状腺を破壊する自己免疫抗体[抗サイログロブリン抗体(Tg抗体)もしくは抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(TPO抗体)]のみを持っている人=甲状腺機能正常橋本病は、正常な人と同じ免疫力があります。
よって、正常な人より新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に感染しやすい事は無く、重症化しやすい事もありません。(参考までに新型コロナウイルスで重症化、死亡しやすい人)。
新型コロナウイルス感染(COVID-19)発症7~20日後に倦怠感を認め、潜在性甲状腺機能低下症/橋本病が見つかった報告があります。いずれのケースも甲状腺ホルモン剤(チラーヂンS)補充療法を受け改善しています。
ただ、これについては、
- 新型コロナウイルス感染(COVID-19)により新たに誘発されたのか
- 元々あった潜在性甲状腺機能低下症/橋本病の症状が増悪したのか
- 感染後の倦怠感を機に偶然見つかったのか
不明です。[Singapore Med J. 2021 May;62(5):265.][BMJ Case Rep. 2021 Aug 9;14(8):e244909.]
甲状腺機能亢進症/バセドウ病で未治療、治療途中、服薬自己中断など甲状腺ホルモンが正常でない時に新型コロナウイルス感染(COVID-19)すると致死率十数%の甲状腺クリーゼに至る危険性。新型コロナウイルス感染がバセドウ病発症・再発・無顆粒球症の引き金に。抗甲状腺薬の副作用[無顆粒球症・発熱(薬剤熱)・antithyroid arthritis syndrome、MPO-ANCA関連血管炎]症状も新型コロナウイルス感染症とほぼ同じ。バセドウ病眼症(甲状腺眼症)で副腎皮質ステロイド剤服薬中は免疫力が抑えられ、新型コロナウイルス感染が重症化する危険。
甲状腺機能亢進症,バセドウ病,新型コロナウイルス,COVID-19,甲状腺クリーゼ,甲状腺,再発,無顆粒球症,抗甲状腺薬,バセドウ病眼症
甲状腺機能亢進症/バセドウ病は再発する病気です。例え、メルカゾール(あるいはプロパジール、チウラジール)服薬中で、甲状腺ホルモン値を正常に保っていても、あるいは投薬終了後に安定していても、バセドウ病の活動性が高ければ再発する可能性があります。
例えば、メルカゾール(5mg)1錠/日で何年間も安定している人と、メルカゾール(5mg)6錠/日で何とか甲状腺ホルモン値が正常な人を比べれば、バセドウ病の活動性には歴然とした差があります。
バセドウ病の3大再発原因は、
- ストレス(感染症、精神的なもの、妊娠(前期)・出産)
- タバコ(受動喫煙含む)
- アレルギー
です。
新型コロナウイルス感染でバセドウ病が再発したケース報告の他、長崎甲状腺クリニック(大阪)でも新型コロナウイルス感染後に甲状腺機能亢進症/バセドウ病が再発・新規発症したケースが複数ありました。[新型コロナウイルス(COVID-19)がバセドウ病発症・再発の引き金に!?]。
最悪の決断、甲状腺機能亢進症/バセドウ病の薬物治療はブロック補充療法[『メルカゾール(あるいはプロパジール、チウラジール)』と『チラーヂン』の併用]に
新型コロナウイルス感染(COVID-19)パンデミックの初期、重症化率・死亡率が日本とは桁違いのヨーロッパでは、欧州甲状腺学会が公式にトンデモナイ提言を行いました[Eur J Endocrinol. 2020 Jul;183(1):G33-G39.]。
甲状腺機能亢進症/バセドウ病の初期治療では、2週間ごとに抗甲状腺薬(メルカゾール、プロパジール、チウラジール)の副作用チェックと、1カ月ごとに甲状腺ホルモン測定による投与量調節が必要です。しかし、新型コロナウイルスの嵐が吹き荒れるヨーロッパでは、患者が安易に病院まで行けない、医療従事者が甲状腺どころではないため、甲状腺機能亢進症/バセドウ病の初期治療が難しい状況にありました。
そこで、欧州甲状腺学会が出した結論は、
「甲状腺機能亢進症/バセドウ病の薬物治療は最初からブロック補充療法[『メチマゾール(日本ではメルカゾール)/カルビマゾールあるいはプロピルチオウラシル(日本ではプロパジール、チウラジール)』と『レボチロキシン(日本ではチラーヂンS)』の併用]にしろ」
という信じられないものでした(ヨーロッパでのコロナ感染は、本当に死ぬか生きるかの深刻なものだったので、納得できますが・・・)。ブロック補充療法(Block and Replacement Therapy またはBlock-Replacement Therapy)は、抗甲状腺薬(メルカゾール、プロパジール、チウラジール)単独では、頻回に再発を繰り返す極めて不安定な甲状腺機能亢進症/バセドウ病において、甲状腺ホルモンを安定させるのに有効な(ある意味最終)手段の一つです。[その他の最終手段は、アイソトープ(放射性ヨウ素; I-131)治療、手術療法(甲状腺全摘出)]
ブロック補充療法を行うと、甲状腺ホルモンは安定しますが、バセドウ病の寛解率の上昇は望めません[Cochrane Database Syst Rev. 2005 Apr 18;(2):CD003420.][Indian J Endocrinol Metab. 2015 May-Jun;19(3):340-6.]。
そのため、ブロック補充療法は半永久的に続き、何年あるいは何十年して抗甲状腺薬が必要なくなる可能性を最初から奪い去ってしまいます。(そりゃあ甲状腺ホルモンを下げるだけ下げて、下げた分を補充してりゃ永遠に終わらんわな)。(乱用される『メルカゾール』と『チラーヂン』の併用)
甲状腺機能亢進症/バセドウ病で抗甲状腺薬(メルカゾール、プロパジール、チウラジール)服薬中の方は、例え何年-何十年経っても(確率は下がるでしょうが)無顆粒球症 を起こす危険があります。新型コロナウイルスは、重症例において血小板減少症、無顆粒球症、単球減少症、再生不良性貧血を引き起こします。(Am J Blood Res. 2020 Aug 25;10(4):60-67.)
抗甲状腺薬(メルカゾール、プロパジール、チウラジール)服薬中の方が新型コロナウイルスに感染すれば、無顆粒球症を起こす可能性があります。
日本では、メルカゾール服薬で4年間安定しているバセドウ病患者が、中等度の新型コロナウイルス感染症で入院治療中に無顆粒球症 を発症した報告があります(第64回 日本甲状腺学会 37-2 COVID-19の発症を契機に無顆粒球症を呈したバセドウ病の一例)
甲状腺機能亢進症/バセドウ病治療薬、抗甲状腺薬(メルカゾール、プロパジール、チウラジール)の最も危険な副作用は無顆粒球症 です。
無顆粒球症の症状は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)[オミクロン株]とほぼ同じです。無顆粒球症 の方が遥かに緊急性が高く、待ったなしなので、新型コロナウイルス(COVID-19)感染と間違えられたら大変なことになります。(無顆粒球症の症状)
日本での甲状腺機能亢進症/バセドウ病治療の第一選択は、抗甲状腺薬(メルカゾール、プロパジール、チウラジール)による薬物治療ですが、欧米ではアイソトープ(放射性ヨウ素; I-131)治療を第一選択にしています。その根拠は、「さっさと甲状腺を破壊して二度と再発しない様にすれば、死ぬまでに掛かる医療費が安くつく」との医学と掛け離れた欧米的な発想です。それはさて置き、なるほど抗甲状腺薬さえ使わなければ無顆粒球症も起こらないので、コロナ禍でアイソトープ(放射性ヨウ素; I-131)治療をさらに推す論文が欧米から出るのも納得できます[Adv Clin Exp Med. 2021 Jul;30(7):747-755.]。
ただし、アイソトープ(放射性ヨウ素; I-131)治療の欠点があるため、筆者は日本の「バセドウ病治療ガイドライン 2019」の通り、抗甲状腺薬を第一選択にすべきと考えます。
また、発熱(薬剤熱)、antithyroid arthritis syndrome、MPO-ANCA関連血管炎の症状も新型コロナウイルス感染症(COVID-19)とほぼ同じです。しかし、antithyroid arthritis syndrome、MPO-ANCA関連血管炎では移動性関節痛がおきる点が、antithyroid arthritis syndromeでは皮疹が出る点が、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)と異なります。
新型コロナウイルス感染症で誘発された亜急性甲状腺炎をバセドウ病と誤認し、カルビマゾール(海外で使用されているメルカゾールの類縁薬)を投与した結果、antithyroid arthritis syndromeを起こした報告があります[Diabetes Metab Syndr. 2021 May-Jun;15(3):683-686.]。
[Cureus. 2023 Feb 20;15(2):e35208.]
新型コロナウイルス感染(COVID-19)は自己免疫性甲状腺疾患の引き金となります。スペインの報告では、
- バセドウ病が寛解して35年経つ60歳の女性が、新型コロナウイルス(COVID-19)感染1か月後にバセドウ病を再発。
- 53歳の女性が、新型コロナウイルス感染(COVID-19)2か月後に甲状腺機能亢進症/バセドウ病を新規発症。
(SARS-COV-2 as a trigger for autoimmune disease: report of two cases of Graves' disease after COVID-19. J Endocrinol Invest. 2020 Oct;43(10):1527-1528.)
アメリカ、ミシガン州(AACE Clin Case Rep. 2021 Jan-Feb;7(1):14-16.)、マルタ[BMJ Case Rep. 2021 Aug 6;14(8):e244714.]、イタリア[J Endocrinol Invest. 2021 Sep;44(9):2011-2012.]などでも同様の報告があり、増え続けています。長崎甲状腺クリニック(大阪)でも新型コロナウイルス感染後に甲状腺機能亢進症/バセドウ病を新規発症したケースが見つかりました(下、写真)。
その発生機序として、新型コロナウイルス感染(COVID-19)により
- 上昇したインターロイキン(IL)-2、IL-6、IL-7、顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)、インターフェロンガンマ誘発タンパク、単球遊走タンパク-1、TNFαなどのサイトカイン(Lancet. 2020 Mar 28;395(10229):1033-1034.)が甲状腺の免疫反応を誘発する。
特に、インターロイキン6(IL-6)はバセドウ病発症の免疫機序に関与します。
- 自己免疫疾患に関連する自己抗原[MPO、PRTN3、PADI4、IFIH1、TRIM21、PTPRN2、およびTSHR(TSH受容体)]の発現が増加する。[Front Immunol. 2021 Jun 30;12:686462.]
などが考えられます。
また、当然、バセドウ病眼症(甲状腺眼症)の発症もあるため、その際は、治療方針に悩みます[バセドウ病眼症(甲状腺眼症)で副腎皮質ステロイド剤服薬中は危険]。[J Endocrinol Invest. 2021 Sep;44(9):2011-2012.]
新型コロナウイルス感染(COVID-19)後に新規発症した甲状腺機能亢進症 バセドウ病 超音波(エコー)画像 下甲状腺動脈の収縮期最大血流速度(ITA-PSV)
甲状腺機能亢進症/バセドウ病で、未治療(見つかっていない)、治療途中、服薬自己中断など甲状腺ホルモン値が高い状態に新型コロナウイルス感染(COVID-19)の炎症が加わると、全身臓器が過剰な甲状腺ホルモンと炎症に耐えられなくなって、生命に危険が及ぶ場合があります。このような状態は甲状腺クリーゼと呼ばれ、致死率が十数%です(Lancet. 2016 Aug 27; 388(10047):906-918.)。
実際、新型コロナウイルス感染(COVID-19)で甲状腺クリーゼを発症した報告があります。
- 新型コロナウイルス感染(COVID-19)後に甲状腺機能亢進症/バセドウ病が再発し、甲状腺クリーゼに至った報告[Cureus. 2020 Nov 2;12(11):e11305.][Clin Case Rep. 2021 Sep 5;9(9):e04772.]
- 甲状腺クリーゼ で入院後に新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)陽性が判明した報告[Cureus. 2023 Feb 20;15(2):e35208.][Clin Pract Cases Emerg Med. 2021 Nov;5(4):412-414.][AACE Clin Case Rep. 2021 Nov-Dec;7(6):360-362.]
厄介なのは、本人も周囲も主治医も甲状腺機能亢進症/バセドウ病であることを知らないのに新型コロナウイルス感染(COVID-19)を引き金として甲状腺クリーゼを発症した場合です。発熱・意識障害があり、PCR検査・抗原検査陽性なら、肺炎を伴う重症の新型コロナウイルス感染(COVID-19)または髄膜炎が疑われます。しかし、肺炎像がなかったり、肺炎が軽快しても発熱・意識障害が遷延するなら甲状腺クリーゼを考えねばなりません。[Clin Pract Cases Emerg Med. 2021 Nov;5(4):412-414.](第66回 日本甲状腺学会 P1-2 COVID-19を契機に甲状腺クリーゼを来した未治療バセドウ病の1 例)
さらに、新型コロナウイルス感染(COVID-19)では徐脈[徐脈性不整脈および相対性徐脈(熱のわりに心拍数が上がらない)]になる場合があり[J Arrhythm. 2021 Jun 14;37(4):888-892.]、甲状腺中毒症の頻脈がマスクされたり、甲状腺クリーゼの診断基準を満たさなくなる可能性があります。(第66回 日本甲状腺学会 P1-3 COVID-19に甲状腺クリーゼを合併し比較的徐脈を呈した 1 例)
また、5類に移行後はなくなりましたが、「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の社会的影響として、受診抑制による検査機会の減少、服薬アドヒアランス低下(特に通院中断)による甲状腺クリーゼ が危惧された時期もありました。
信じられない研究結果が、イタリアから出ています。ICUに入るまでもなく、一般病棟に入院した中等症の新型コロナウイルス感染(COVID-19)患者の
- 約20%に甲状腺中毒症
- 約5%に甲状腺機能低下症
が認められました。(Eur J Endocrinol. 2020 Oct;183(4):381-387.)
甲状腺中毒症はバセドウ病、無痛性甲状腺炎、亜急性甲状腺炎など原因を問わず、甲状腺ホルモンが過剰になる状態です。新型コロナウイルス感染(COVID-19)によるサイトカイン・ストーム[インターロイキン(IL)-2、IL-6、IL-7、顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)、インターフェロンガンマ誘発タンパク、単球遊走タンパク-1、TNFα]が甲状腺に直接作用すると考えられます[Hum Pathol. 2007 Jan;38(1):95-102.)[Lancet. 2020 Mar 28;395(10229):1033-1034.]。
また、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2) が結合し、増殖するのに必要な細胞膜結合酵素アンジオテンシン変換酵素2は、甲状腺にも発現しています(発現していないとの意見もあり)(Infect Dis Poverty. 2020 Apr 28;9(1):45.)。しかし、現時点で、これらの甲状腺機能異常が新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)による直接的な甲状腺の破壊で起きる証拠は報告されていません。
香港大学の報告でも、軽度から中等度の新型コロナウイルス感染(COVID-19)患者の約15%が甲状腺機能障害(甲状腺ホルモン異常)を示しています。約半数が潜在性甲状腺中毒症(軽度の甲状腺中毒症)、約半数が低T3症候群(ノンサイロイダルイルネス)です。
潜在性甲状腺中毒症と低T3症候群(ノンサイロイダルイルネス)の程度は、
- 炎症マーカーC反応性タンパク質(CRP)
- SARS-Cov-2ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)サイクル閾値
に相関します。要するに、新型コロナウイルス感染(COVID-19)が重症である程、起こりやすいのです。(J Clin Endocrinol Metab. 2021 Jan 23;106(2):e926-e935.)
イタリアの報告によると、high-intensive care unit(HICU)で入院治療を受けた新型コロナウイルス感染(COVID-19)患者の15%に甲状腺中毒症を発症。それらは無痛性甲状腺炎(破壊性甲状腺炎)で、新型コロナウイルス関連非定型甲状腺炎(SARS-CoV-2-related atypical thyroiditis)と名付けられました。しかし、ウイルス感染で無痛性甲状腺炎(破壊性甲状腺炎)が誘発されるのは、ヒトパルボウイルスB19[伝染性紅斑(リンゴ病)の原因]でも知られているため、敢えてそのような名称は不要と思われます。一方、Low-intensive care unit(LICU)での無痛性甲状腺炎(破壊性甲状腺炎)の頻度は2%なので、やはり新型コロナウイルス感染(COVID-19)の重症度に関連するようです。[Lancet Diabetes Endocrinol. 2020 Sep;8(9):739-741.]
下の写真は、新型コロナウイルス肺炎に罹った甲状腺機能正常橋本病患者の感染前後計12か月の超音波(エコー)画像です。新型コロナウイルス肺炎になる6か月前と6カ月後に、1年に1回の定期検査で長崎甲状腺クリニック(大阪)を訪れていました。新型コロナウイルス肺炎発症時の甲状腺機能は不明ですが、少なくとも6カ月後は正常でした。しかし、発症前に比べて甲状腺は腫大し、腹側(写真下部)の低エコー領域(黒い部分)が拡大しており、橋本病の炎症が増悪したと推察されます。新型コロナウイルス肺炎発症時には破壊性甲状腺炎(無痛性甲状腺炎)を起こしていても不思議ではありません。
新型コロナウイルス感染(COVID-19)後に、橋本病(慢性甲状腺炎)を基盤とする出産後甲状腺炎(無痛性甲状腺炎型)を発症した日本(和歌山県立医大)の報告があります。(Endocr J. 2021 Mar 28;68(3):371-374.)
まだ、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に感染したのが、妊娠中でなくで良かったですね。新型コロナウイルス感染(COVID-19)も、出産後甲状腺炎も治癒したそうです。
その発生機序として、新型コロナウイルス感染(COVID-19)により上昇したインターロイキン(IL)-2、IL-6、IL-7、顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)、インターフェロンガンマ誘発タンパク、単球遊走タンパク-1、TNFαなどのサイトカイン(Lancet. 2020 Mar 28;395(10229):1033-1034.)が甲状腺の免疫反応を誘発したと考えるのが自然でしょう。
副腎皮質ステロイド剤は、過剰(有害)な免疫反応(自己免疫など)を抑える良い効果がある一方、ウイルス感染に対する抵抗力も弱める諸刃の剣(もろはのやいば)です。
バセドウ病眼症(甲状腺眼症)で副腎皮質ステロイド剤(プレドニゾロン、リンデロンなど)を飲んでいる方は、免疫力が抑えられているため、新型コロナウイルス(COVID-19)感染により重症化する危険があります。真剣に新型コロナウイルス感染(COVID-19)予防策を取らねばなりません。[J Endocrinol Invest. 2020 Aug;43(8):1149-1151.]
だからと言って、いきなり副腎皮質ステロイド剤(プレドニゾロン、リンデロンなど)を止めると、それこそ命に係わる副腎クリーゼ(急性副腎不全)、副腎出血 をおこす危険があります(急な中止はダメ)。減量するなら主治医の指示に従い、ゆっくりと減らしていかねばなりません。また、失明の危険がある場合、副腎皮質ステロイド剤を減らす事自体が難しいです。
繰り返しますが、副腎皮質ステロイド剤(プレドニゾロン、リンデロンなど)を飲んでいる方は主治医とよく相談し、できる限りの新型コロナウイルス感染(COVID-19)予防をしてください。
※当院では、他院治療中の患者さんからの相談は一切、お断りしています。あくまでも、御自分の主治医と相談してください。
新型コロナウイルス(COVID-19)感染でもバセドウ病眼症(甲状腺眼症)でも結膜炎
新型コロナウイルス(COVID-19)感染により結膜炎を生じるため、バセドウ病眼症(甲状腺眼症)による結膜炎と間違えないように注意。(J Med Virol. 2020 Jun; 92(6):589-594.)
亜急性甲状腺炎でも、副腎皮質ステロイド剤を数か月間投与します(亜急性甲状腺炎の治療 )。しかも初期投与量は20mgが一般的です。この間、新型コロナウイルスに感染すれば、間違いなく重症化して命の危険が生じます。
長崎甲状腺クリニック(大阪)では新型コロナウイルスの流行が終わるまで亜急性甲状腺炎の診療を停止(ステロイド投与中の新型コロナウイルス感染は重症化するため)。
亜急性甲状腺炎のステロイド治療は、新型コロナウイルス感染を起こしてもすぐに対処できるよう、コロナ病棟のある病院で行った方が良いと思います。
長崎甲状腺クリニック(大阪)では新型コロナウイルスの流行が終わるまで亜急性甲状腺炎の診療を停止(新型コロナウイルスによる亜急性甲状腺炎の報告が多数あり、また、ステロイド投与中の新型コロナウイルス感染は重症化する危険があるため)。
亜急性甲状腺炎のステロイド治療は、新型コロナウイルス感染にすぐ対処できるよう、コロナ対応可能な病院で行った方が良いと思います。
ついに恐れていたことが現実になりました。従来の一般コロナウイルスは亜急性甲状腺炎の原因と認められるエビデンスはありませんでした。2002年に流行した旧型SARS-CoV-1感染患者では、死亡者の病理解剖にて甲状腺損傷が見つかっただけでした(Hum Pathol. 2007 Jan; 38(1):95-102.)
しかし、新型コロナウイルス感染後に亜急性甲状腺炎を発症した報告が続々出ています。新型コロナウイルス感染症状は、発熱、咽頭痛や喉(のど)の痛み、下痢、咳症状が多いものの、亜急性甲状腺炎では、
- 発熱するが、新型コロナウイルス感染の解熱後1-2週間してから
- 痛みの場所は異なり、喉仏の下辺り(甲状腺の直上)
のため、新型コロナウイルス感染症とは別の事態が起きているのに気付き易いかもしれません。
イタリア ピサ大学の第一例目は18歳女性で、新型コロナウイルス感染自体は軽症(数日で完全回復)、PCRでSARS-CoV-2(COVID-19)陽性確認された15日後に亜急性甲状腺炎を発症(J Clin Endocrinol Metab. 2020 Jul 1;105(7):dgaa276.)
トルコ アンカラ市立病院の第2目は41歳白人女性で、新型コロナウイルス感染自体は不顕性感染(症状皆無)、亜急性甲状腺炎の発症時にPCRでSARS-CoV-2(COVID-19)陽性を確認(J Endocrinol Invest. 2020 Aug;43(8):1173-1174.)
イタリアのピサ大学で更に4名が追加報告されました。4名ともは女性(29〜46歳)、新型コロナウイルス感染が落ち着いた6〜36日後に亜急性甲状腺炎を発症(J Clin Endocrinol Metab. 2020 Oct 1;105(10):dgaa537.)
その後、メキシコ(Case Rep Endocrinol. 2020 Sep 28;2020:8891539.)、ニューヨーク(Cureus. 2020 Dec 26;12(12):e12301.)でも報告がありました。
新型コロナウイルスは変異を続けており、亜急性甲状腺炎を起こし易い型、起こし難い型があるかもしれません。
その発生機序として、新型コロナウイルス(COVID-19)感染により上昇したインターロイキン(IL)-2、IL-6、IL-7、顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)、インターフェロンガンマ誘発タンパク、単球遊走タンパク-1、TNFαなどのサイトカイン(Lancet. 2020 Mar 28;395(10229):1033-1034.)が甲状腺の免疫反応を誘発したと考えるのが自然でしょう。
長崎甲状腺クリニック(大阪)の自験例
急性期
1.5か月後
5か月後
かつてデルタ株のころまでは、日本の厚生労働省も、イギリスの国民保健サービス(NHS)も、不急の甲状腺手術/入院・I-131 アイソトープ治療は延期するよう全医療機関に通達を出していました(外科手術トリアージ)。
現在の主流であるオミクロン株は弱毒化して重症化が少ないため、外科手術トリアージは撤廃されました。
しかし、オミクロン株といえども免疫不全の人に感染すれば重症化します。甲状腺に限らず、全身麻酔手術は正常な免疫を低下させるため、術後肺炎・術後感染症の危険が生じます。特に、術後甲状腺機能低下症では、更に免疫力が低下するため危険です。
進行性の甲状腺がんや、抗甲状腺薬(メルカゾール、プロパジール、チウラジール)の重症副作用(無顆粒球症 劇症肝炎 など)て、あるいは甲状腺クリーゼ をおこし手術しか選択肢の無いバセドウ病患者は、可能な限り新型コロナウイルス感染を避けて手術するしかありません。(医療従事者が感染している場合は避けようがないな・・・)
バセドウ病のアイソトープ(放射性ヨウ素; I-131)治療後1年間は甲状腺ホルモンが乱高下します。甲状腺機能低下症になった時は免疫力が低下し、新型コロナウイルス感染で重症化するかもしれません[アイソトープ(放射性ヨウ素; I-131)治療後1年間 ]。可能な限り新型コロナウイルス感染を避ける努力が必要。
[Eur J Endocrinol. 2022 Feb 28;186(4):G1-G7.][Innov Surg Sci. 2022 Oct 11;7(3-4):125-132.][Front Endocrinol (Lausanne). 2022 May 4;13:873027.]
新型コロナウイルス感染(COVID-19)において、
入院時の低T3症候群(ノンサイロイダルイルネス)は、年齢、炎症・組織障害マーカー(C反応性タンパク質:CRP)とは独立した増悪の予測因子です。
即ち、低T3症候群(ノンサイロイダルイルネス)になっている新型コロナウイルス(SARS-CoV-29)感染者は、入院後に増悪(重症化)する可能性があります。(Clin Endocrinol (Oxf). 2021 Apr 4:10.1111/cen.14476.)
多少の違いはありますが、他の報告でも、低T3症候群(ノンサイロイダルイルネス)は新型コロナウイルス感染(COVID-19)の重症化、予後と関連します。[J Clin Endocrinol Metab. 2021 Jan 23;106(2):e926-e935.]
オミクロン株はデルタ株・初期の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に比べ、感染力は強いが毒性(重症化率)は低いとされます。オミクロン株は爆発的に増えていますが、重症者はデルタ株ほどではありません。もちろん、ワクチンの普及や、ある程度有効な抗ウイルス薬や抗体製剤の開発の恩恵もあるでしょう。
厚生労働省が公表した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の2022年7-8月の重症化率は、60歳未満で0.01%(1000人に1人)、60-70歳代で0.26%(500人に1.3人)、80歳以上で1.86%(100人に1.8人)と、正常な免疫力を持つ若い人はほとんど重症化しません。
もう一度くらい変異すれば、感染力はさらに強まるものの、弱毒化が進みインフルエンザ、うまくいけば風邪程度になると言う専門家もいます(5類感染症への格下げ)。
オミクロン株の症状もデルタ株・初期の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)とは異なり、
- 発熱(72%)
- 咳(せき)(58%)
- だるさ(50%)
- 喉(のど)の痛み(44%)
- 鼻水・鼻閉(37%)
- 呼吸困難(6%)、嗅覚障害(結果的に、味覚障害)(2%)、脱毛は少ない
1-3はデルタ株と共通ですが、喉(のど)の痛み、鼻水・鼻閉はデルタ株・初期の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)ではほとんどありませんでした。呼吸困難、嗅覚障害(結果的に、味覚障害)、脱毛が少ないのもオミクロン株の特徴です(ただし、ゼロではありません)。重篤(重症)な症状が少なく、風邪と変わらない症状に変化しています。(沖縄県の50人のオミクロン株陽性者による解析)
発熱・喉(のど)の痛みが揃ったので、益々、亜急性甲状腺炎と紛らわしくなりました。
オミクロン株の特徴として、喉(のど)の痛みだけが非常に強く、発熱を伴わない場合があります。痛みの場所が甲状腺より遥か上なので亜急性甲状腺炎と鑑別はできますが、急性喉頭蓋炎、Killer sore throat [致死的な喉(のど)の痛み]との鑑別のため耳鼻咽喉科で精査する必要があります。
オミクロン株も小さな変異(マイナーチェンジ)を繰り返し、R.4.8以降、BA.5が主体になっています。いくら弱毒化しても、基礎疾患があって免疫力が低下した高齢者が感染すれば重篤化(重症化)します。それこそ、カゼでも肺炎をおこす高齢者は昭和の時代と変わりありません。
また、第4波の大阪府以降、医療が逼迫(ひっ迫)するたびに、手が回らず治療が遅れる、入院できないなどの要因で、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)致死率が上がるという現象が起きました。
デルタ+オミクロンの混合ウイルス「デルタクロン株」
デルタ株とオミクロン株両方の特徴を持つ混合ウイルス「デルタクロン株」が世界中で見つかっています。今の所、主流でなく散発的に見つかる程度で、どのような性質かはっきりしていません。最悪、デルタ株の高い病原性とオミクロン株の強い感染力を併せ持っていた場合、「デルタクロン株」の流行により感染者と重症者が一気に増える危険性がありましたが、杞憂だったようです。
甲状腺関連の上記以外の検査・治療 長崎甲状腺クリニック(大阪)
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