命の危険:粘液水腫性昏睡[日本甲状腺学会認定 甲状腺専門医 橋本病 甲状腺機能低下症 バセドウ病 甲状腺超音波エコー検査 長崎甲状腺クリニック大阪]
甲状腺:専門の検査/治療/知見① 橋本病 バセドウ病 甲状腺エコー 長崎甲状腺クリニック大阪
甲状腺専門の長崎甲状腺クリニック(大阪府大阪市東住吉区)院長が海外・国内論文に眼を通して得た知見、院長自身が大阪市立大学 代謝内分泌内科で得た知識・経験・行った研究、甲状腺学会で入手した知見です。
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一般の人、一般医は、「甲状腺の病気は、軽症が多く、死ぬ事は少ない」と考えている方が多いです。しかし、甲状腺の薬を長期間自己中断すれば、大変なことになる可能性があります。
甲状腺ホルモンが多くて生命に危険がおよぶ状態を、甲状腺クリーゼ(甲状腺緊急症)、足らなくて生命に危険がおよぶ状態を粘液水腫性昏睡と言います。いずれも発症すると死亡率は10%以上で、原因として甲状腺薬の自己中断が最も多いとされます。
既に粘液水腫性昏睡を起こした方は、すぐに救急外来と入院設備のある病院を受診ください。1日遅れると手遅れになります。
Summary
甲状腺機能低下症で命に関わる粘液水腫性昏睡の原因・症状・検査所見・診断・予後。甲状腺ホルモン産生力の低下した高齢者などで長期の甲状腺機能低下症に感染症、外傷、手術などストレスが加わり発症。最多の原因は橋本病(慢性甲状腺炎)。意識障害(必須;昏睡、せん妄など)・低体温・低血圧・徐脈・低ナトリウム血症(続発性副腎不全)・低換気(CO2ナルコーシス)が起きる。検査所見は非特異的で甲状腺機能低下症と同じ。甲状腺ホルモン(FT4, FT3)は著明低値だが甲状腺刺激ホルモン(TSH)はそれに見合った上昇をしない。死亡率29.5%で死因はCO2ナルコーシスが多い。
Keywords
甲状腺機能低下症,粘液水腫性昏睡,原因,橋本病,検査,診断,低ナトリウム血症,CO2ナルコーシス,甲状腺ホルモン,死亡率

粘液水腫性昏睡は甲状腺機能低下症の最も重篤で、命にかかわる病態です。日本では年間1.08人/100万人(全人口換算で約100人)の患者が出ます。
教科書的には死亡率25~52%ですが、昔の統計ばかりです。最も新しい2010-2013年の厚生労働省DPCデータベースでは29.5%とかなり改善あるも、7年以上前のデータです(J Epidemiol. 2017 Mar;27(3):117-122.])。最近は10-20%に改善しているとの報告があります。
特に甲状腺ホルモン産生予備力の低下した高齢者に多く起こります[厚生労働省DPCデータベースでは75-85歳が48.3%]。高齢者は甲状腺が大きく腫れていない場合が多く、甲状腺萎縮性粘液水腫と呼ばれます。
粘液水腫性昏睡の元になる甲状腺機能低下症の最も多い原因は橋本病(慢性甲状腺炎)です。バセドウ病、甲状腺癌などで甲状腺を全部摘出したことによる甲状腺機能低下症では、年齢は関係ありません。
粘液水腫性昏睡は、重度で長期にわたる甲状腺機能低下症が基盤になって起こります。具体的には
- 粘液水腫性昏睡になるまで甲状腺機能低下症がみつからなかった;粘液水腫性昏睡患者の39%(Nephrol Dial Transplant. 2015 May;30(5):724-37.)
- 甲状腺ホルモン剤(チラーヂンS)の自己中断;認知症、独居老人、自殺目的など。最近では、新型コロナウイルス(COVID-19)感染症の社会的影響として、受診抑制による検査機会の減少、服薬アドヒアランス低下(特に通院中断)が懸念されています
などが基盤になります。それに以下の誘因が加わるとダメ押しになり、粘液水腫性昏睡が発症します。
- 感染症、外傷、手術心血管障害、消化管出血などのストレスで甲状腺ホルモンの需要量(必要量)が高まる
- 寒冷暴露[厚生労働省DPCデータベースでは12-2月が46.3%]で甲状腺ホルモンの需要量(必要量)が高まる
- 睡眠薬、麻酔薬、向精神薬、抗けいれん薬など中枢神経を抑制する薬剤(低体温症の原因でもある)を投与する
- アルコール中毒;中枢神経を抑制、低体温症も起こす
粘液水腫性昏睡の症状
- 低体温;感染症を起こしても発熱しない。山岳遭難・水難事故並みの低体温。28~32.2℃になると低体温自体が原因で低血圧・徐脈/不整脈・呼吸抑制・意識障害が起こる。
- 低血圧(平均血圧75mmHg以下)
- 徐脈(脈が1分間60以下)
- 低Na(ナトリウム)血症(続発性副腎不全);低ナトリウム血症自体で低体温症に
- 肺胞低換気による呼吸不全→CO2 ナルコーシス
- 消化管運動低下→麻痺性イレウス、盲腸・結腸が急性拡張するオグルビー症候群(粘液水腫性イレウス)
一見して、
- 粘液水腫様顔貌(橋本病顔貌が更に生気なく、むくんだ感じ)
- 皮膚乾燥(冷たく、乾燥)
- 全身非圧痕性浮腫(non-pitting edema; 押すと圧痕ができるが、すぐに消える)
下肢は心不全、肝腎障害、低タンパクなどを反映し、圧痕性浮腫(pitting edema; 押すと圧痕ができ、しばらく消えない)の事も
腱反射弛緩相の遅延→消失を認めます(粘液水腫反射)
(図;バーチャル臨床甲状腺カレッジより改変)
- 肺胞低換気による呼吸不全で呼吸中枢障害(甲状腺機能回復後もCO2ナルコーシスが持続)
- 胸水貯留、無気肺で呼吸状態はさらに悪化
- 元々、COPD(慢性気管支炎、肺気腫) などの高CO2血症を持っていれば危険度は増す
高炭酸ガス血症、呼吸性アシドーシスで酸素投与・人工呼吸管理を要し、放置すると呼吸不全(高炭酸ガス血症からCO2ナルコーシス)で死亡します。
CO2 ナルコーシスでは、
- 意識障害
- 低酸素血症(SpO2 低下)、頻脈に関わらず著明な呼吸数低下
が起こります。
(Pol Arch Intern Med. 2019 Aug 29;129(7-8):526-534.)(第55回 日本甲状腺学会 P2-02-11 著明なCO2 ナルコーシスを呈し、甲状腺機能常化後も2型呼吸不全が遷延した粘液水腫性昏睡の1例)
粘液水腫性昏睡に続発性副腎皮質機能低下症を合併する事が報告されています。低Na(ナトリウム)血症・低血糖を増悪します。甲状腺機能低下症の程度の割に症状が重篤な時に疑うべきです。副腎皮質ホルモン剤(ハイドロコルチゾン:hydrocortisone) 投与への反応が良好で、一過性の副腎皮質機能低下症が合併と考えられます。(第55回 日本甲状腺学会 P2-02-12 初診時ACTH低値を示した粘液水腫性昏睡の1例)[J Clin Endocrinol Metab. 1954 May;14(5):554-60.][Montp Med. 1955 Jul-Aug;48(1):37-52.]
また、低ナトリウム血症自体で低体温症になります。
粘液水腫性昏睡の検査所見は、特異的なものは無く、甲状腺機能低下症の検査所見と同じです。甲状腺ホルモン(FT4, FT3)は著明低値ですが、甲状腺刺激ホルモン(TSH)はFT4・FT3に見合った上昇をしません。
例えば、
- TSH 17.60μIU/ml、FT3<1.00pg/ml、FT4<0.40ng/dl(第60回 日本甲状腺学会 P1-6-9)
- TSH 72.38μIU/ml、FT3 0.573pg/ml、FT4 0.159ng/dl(第60回 日本甲状腺学会 P1-6-7)
必ずしもTSHが上昇しない理由として、筆者の推測では、
- 高齢者が多く、元々、視床下部-下垂体系の機能が低下しているため、TSHの合成・分泌が充分行えない
- 中枢神経が大きなダメージを受けた;甲状腺機能低下自体で脳神経細胞の活動が低下しており、呼吸不全、低体温・低血圧・徐脈・低Na(ナトリウム)血症により視床下部-下垂体系がダメージを受けているため、TSH合成・分泌ができない
可能性があります。要するに脳のダメージでTSHを作れないのです。そのため、潜在性甲状腺機能低下症で粘液水腫性昏睡もあり得ます。
甲状腺ホルモンを除く一般的な血液検査は、
- 肝障害・腎障害
- 高コレステロール血症
- CK(CPK)高値
- 低ナトリウム(Na)血症・BNP高値
- 低血糖(元々、コントロール悪い糖尿病を持っていれば低血糖にならない事も)
- 貧血(主に大球性貧血)
- CRP陽性(感染症合併の場合)
高コレステロール血症、CK(CPK)高値に加え、心電図は低電位・徐脈で、心筋梗塞(下壁梗塞)と非常に良く似ています。鑑別のためにも甲状腺ホルモン値・できればコルチゾール(副腎皮質ホルモン)も最優先で測定するよう検査室に指示します。(低体温、低血糖、大球性貧血があれば、粘液水腫性昏睡の可能性大です)
しかも、CK(CPK)値が高すぎると、心筋梗塞に特異的なCK-MB(CPK-MB)も軽度高値になるため、心筋梗塞(下壁梗塞)と勘違いする危険が増します。心臓血管造影(カテーテル検査)を行い、ヨード造影剤を投与すれば粘液水腫性昏睡を増悪させ大変な事になります。
粘液水腫性昏睡の診断は、現在、日本甲状腺学会 粘液水腫性昏睡の診断基準第(3次案)が暫定的に使用されています。
- 『甲状腺機能低下症』かつ『JCS 10以上の中枢神経症状(またはGCS 12以下)』(必須項目)
- 症候・検査項目 2点以上
『35℃以下の低体温(2点)、35.7℃以下(1点)』
『①PaCO2>48mmHg②動脈血pH 7.35以下の低換気、③酸素投与中』(いずれかで1点)
『130 mEq/L以下の低Na血症』(1点)
『平均血圧75 mmHg以下、または脈拍数60/分以下の循環不全、昇圧剤投与』(いずれかで1点)
の項目を満たせば確定します。
その他、症候項目には非常に診断基準を曖昧にさせる要素として、酸素投与(1点)、昇圧薬投与(1点) も入っていますが・・・。
以下の場合には、粘液水腫性昏睡の疑いにしかなりません。
- 必須項目の中枢神経症状の基準は満たし、症候・検査項目 2点以上だが、採血で甲状腺の数値が出るまで
- 必須項目の甲状腺機能低下症が確認され、症候・検査項目 2点以上たが、中枢神経症状が基準を満たさない。
- 必須項目を2つとも満たしても、症候・検査項目が1点
また、特に鑑別すべきものとして、橋本脳症があります。
粘液水腫性昏睡の予後
教科書的には死亡率25~52%ですが、昔の統計ばかりです。最も新しい2010-2013年の厚生労働省DPCデータベースでは29.5%とかなり改善あるも、7年以上前のデータです(J Epidemiol. 2017 Mar;27(3):117-122.])。最近は10-20%に改善しているとの報告があります。
死因の第一位は高炭酸ガス血症から生じるCO2ナルコーシスです。
糖尿病、虚血性心疾患(未治療の三枝病変)がある場合の粘液水腫性昏睡
糖尿病、虚血性心疾患(未治療の三枝病変)がある場合の粘液水腫性昏睡は治療が難しく、どのように治療しても救命は極めて困難です。
虚血性心疾患(未治療の三枝病変)および糖尿病による多発性の冠状動脈硬化あるため、心筋に供給される酸素は極めて少なく、多量の甲状腺ホルモン剤(LT4剤)や心臓を即刺激するLT3剤投与で心筋の酸素需要が増せば心筋梗塞おこす危険が高いです。よって、ごく少量の甲状腺ホルモン剤から投与始めねばならず、これでは粘液水腫性昏睡が手遅れになり死亡します。(第57回 日本甲状腺学会 P1-059 菌状息肉症に併発した粘液水腫性昏睡の一剖検例)
特殊なケースですが、潜在性甲状腺機能低下症で粘液水腫性昏睡おこした症例が報告されています。英国の47歳女性、FT4 10.7pmol/L (10.3-24.5)、FT3 2.7 pmol/L (2.67-7.03)、TSH 6.09 mU/L (0.4-4.0)です(Thyroid. 2011 Jan;21(1):87-9.)。
筆者の推測に過ぎませんが、中枢神経が大きなダメージを受けていれば、TSHの合成・分泌は困難です(TSHが上昇しない理由)。FT4、FT3 が異常低値にならない理由としては、
- 低体温・低血圧・徐脈・低Na(ナトリウム)血症を増悪させる甲状腺ホルモン以外の条件が存在する
- FT4、FT3 は偽高値で、実際の値はもっと低かった(甲状腺ホルモンが本当の値でない)
可能性が考えられます。
甲状腺関連の上記以外の検査・治療 長崎甲状腺クリニック(大阪)
長崎甲状腺クリニック(大阪)とは
長崎甲状腺クリニック(大阪)は日本甲状腺学会認定 甲状腺専門医[橋本病,バセドウ病,甲状腺超音波(エコー)検査など]による甲状腺専門クリニック。大阪府大阪市東住吉区にあります。平野区,住吉区,阿倍野区,住之江区,松原市,堺市,羽曳野市,八尾市,東大阪市,天王寺区,生野区,浪速区も近く。