脳下垂体と甲状腺-TSH産生下垂体腺腫(原因,症状,バセドウ病・甲状腺がん合併,治療),TSH不適切分泌症候群(SITSH)[長崎甲状腺クリニック 大阪]
甲状腺:専門の検査/治療/知見① 橋本病 バセドウ病 甲状腺エコー 長崎甲状腺クリニック大阪
甲状腺専門の長崎甲状腺クリニック(大阪府大阪市東住吉区)院長が海外・国内論文に眼を通して得た知見、院長自身が大阪市立大学(現、大阪公立大学) 附属病院 代謝内分泌内科で得た知識・経験・行った研究、日本甲状腺学会で入手した知見です。
長崎甲状腺クリニック(大阪)以外の写真・図表はPubMed等で学術目的にて使用可能なもの、public health目的で官公庁・非営利団体等が公表したものを一部改変しています。引用元に感謝いたします。
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Summary
TSH不適切分泌症候群(SITSH)の一つ、難病指定のTSH産生下垂体腺腫は下垂体腺腫の約1-3%を占め、88%はマクロアデノーマ、TRβ(甲状腺ホルモン受容体β)の遺伝子変異が報告され、成長ホルモン(GH)産生下垂体腺腫と合併あり。甲状腺機能亢進症の症状だが橋本病など甲状腺の破壊や炭酸リチウムでマスクされる。甲状腺がん、バセドウ病合併も。治療は経蝶形骨洞的下垂体腺腫摘除(取り切れず)、放射線外照射・ガンマナイフ(効果不十分)。オクトレオチド(サンドスタチン®)で甲状腺機能改善・1/3で腫瘍縮小(保険適応なし)。稀に異所性TSH産生腫瘍の報告あり。
Keywords
下垂体,甲状腺刺激ホルモン,TSH,甲状腺ホルモン,TSH不適切分泌症群,SITSH,TSH産生下垂体腺腫,甲状腺.甲状腺機能亢進症,治療
甲状腺ホルモン(T4, T3)による甲状腺刺激ホルモン(TSH)のネガティブフィードバックの破綻により、TSHが抑制されることなく過剰に分泌される状態を、TSH不適切分泌症候群(SITSH)と言います。血液検査では、FT4やFT3が高値にもかかわらず、TSHは抑制されず正常あるいは軽度上昇を示します。[詳細は、TSH不適切分泌症候群(SITSH)]
下垂体腫瘍の1つで、TSHを分泌するTSH産生下垂体腺腫がTSH不適切分泌症候群(SITSH)に該当します。
TSH産生下垂体細胞が腫瘍化したTSH産生下垂体腺腫は、TSHの過剰産生を伴う機能性下垂体腫瘍で、下垂体性甲状腺機能亢進症を引き起こします。
- 下垂体腺腫の約1-3%を占め、88%は1cm以上のマクロアデノーマ(大型の腺腫)です。(Eur J Endocrinol. 2003 Apr; 148(4):433-42.)
- 多発性内分泌腺腫症1型(MEN1)の一部の事があります。
- 成長ホルモン(GH)産生細胞と同じ細胞系譜で、成長ホルモン(GH)産生下垂体腺腫と合併する事があります。
TSHを産生する下垂体細胞が腫瘍化する原因は不明ですが、TSH産生下垂体腫瘍では、TSH分泌量を調節するためのTRβ(甲状腺ホルモン受容体β)の遺伝子変異が報告されています。
甲状腺専門医でも知らなくてよい事ですが、具体的には
- 新規TRβアイソフォーム(構造が異なるTRβ)TRβ4の発現比率が増加;TRβ4はT3と結合せず、かつ正常なTRに対して軽い阻害作用を有します。(J Clin Endocrinol Metab. 2011 Jun;96(6):E948-52.)[Endocr Res. 2016;41(1):34-42.]
- TRβ(甲状腺ホルモン受容体β)遺伝子(R338W)の点突然変異[Mol Cell Endocrinol. 1995 Aug 30;113(1):109-17.]
が報告されています。
難しい話はさて置き、甲状腺ホルモンによる正常な抑制が掛からないため、制限なくTSHを分泌するTSH不適切分泌症候群(SITSH)を起こします。
(表)バーチャル臨床甲状腺カレッジより引用
TSH産生下垂体腺腫の症状は、
- TSHの無制限の分泌による中枢性甲状腺機能亢進症(下垂体性甲状腺機能亢進症)で、バセドウ病による甲状腺機能亢進症とほぼ同じです。
たたし、甲状腺眼症(バセドウ病眼症)、関節症、前脛骨粘液水腫など自己免疫による症状が無い点が、甲状腺機能亢進症/バセドウ病と異なります。
- TSHが無制限に甲状腺を刺激するため、甲状腺腫大(甲状腺の腫れ)
- さらに、下垂体腫瘍・脳腫瘍独特の頭蓋内圧亢進による頭痛・眼の奥の痛み、視野・視力障害があります。
TSH産生下垂体腺腫による中枢性甲状腺機能亢進症に、
- 橋本病など甲状腺の破壊
- 双極性障害で炭酸リチウム(リーマス®)服用;[ヨウ素(ヨード)の甲状腺濾胞細胞内への取り込みが阻害され甲状腺ホルモン合成障害]
が加わると、甲状腺機能亢進症状がマスクされる事があります。要するに、TSH刺激に甲状腺自体が反応できないと起こり得る病態です。
和歌山県立医科大学の報告では、TSH 4.782 μIU/mL, FT4 0.82 ng/dL 他、下垂体前葉ホルモンの上昇も認めず、非機能性下垂体腺腫と診断され、下垂体切除術後の病理標本でTSH 陽性細胞が確認されたそうです。(第57回日本甲状腺学会 P1-099 術前に非機能性下垂体腺腫と診断されていた橋本病合併TSH 産生下垂体腺腫の一例)
極めてまれに、甲状腺機能亢進症/バセドウ病とTSH産生下垂体腺腫の合併があります。TRAb陽性で、甲状腺超音波(エコー)検査も、びまん性の血流増加認め、容易に甲状腺機能亢進症/バセドウ病と診断されます。しかし、通常の甲状腺機能亢進症/バセドウ病と異なり、TSHの抑制が不十分です。報告例では、TSH 0.08~0.13μIU/ml、FT4 2.93ng/ml、 FT3 12.17pg/ml、このFT4、FT3の値なら、TSH<0.001に抑制されねばなりません(第60回 日本甲状腺学会 P2-10-5 バセドウ病とTSH産生下垂体腺腫の合併の一例)。
また、眼痛などバセドウ病眼症を疑う様な眼症状があり、MRIを撮影すると、同時に下垂体腫瘍が見つかります。
TSH産生下垂体腺腫で、「過剰なTSH(甲状腺刺激ホルモン)が甲状腺を刺激し続けると、甲状腺がん(甲状腺分化癌の乳頭癌・濾胞癌)が発生する」。あたかも、理にかなっていますが、実は報告は少ないのです。英語論文として報告されているものは、筆者が調べて限り14例(2019年現在)しかありませんでした(World Neurosurg. 2018 Nov;119:394-399.)(Am J Med Sci. 2009 Jun;337(6):462-5.)が、母国語で報告されたり、報告されないケースを含めれば、それなりの数になるはずです。
同様の事は、同じく過剰なTSHが分泌される甲状腺ホルモン不応症 でも言える事です(J Clin Endocrinol Metab. 2013 Jun; 98(6): 2210–2217.)。
TSH産生下垂体腺腫患者における甲状腺分化癌(乳頭癌・濾胞癌)の推定発生率は4.8%とされます(Thyroid. 2015 Apr;25(4):417-24.)。
虎の門病院の報告では、下垂体腫瘍摘出術を受けた18歳以上の内、甲状腺乳頭癌が見つかる確率は、非機能性下垂体腺腫1.0%、先端巨大症 2.2%、クッシング病 1.5%、プロラクチノーマ 0%、TSH産生腫瘍 3.1%だったそうです。ただし、TSH産生腫瘍が疑われる患者には、甲状腺超音波(エコー)検査を行う頻度が高かった可能性のバイアスが掛かるため、コホート研究が必要でしょう(第60回 日本甲状腺学会 P2-10-9 下垂体腺腫の患者の甲状腺乳頭癌の発生について)

TSH産生下垂体腺腫の治療は、
- 脳外科による腫瘍の摘出術です。[経蝶形骨洞的下垂体腺腫摘除(経鼻的下垂体手術;鼻の奥から副鼻腔(経蝶形骨洞)に入り、骨に穴を開け脳下垂体に至る)]を行いますが、半数以上で腫瘍を完全に切除できません。[図;経蝶形骨洞的下垂体腫瘍摘出術(Hardy法) girls channel netより]
但し、腫瘍が視神経に絡みついている場合、経蝶形骨洞の顕微鏡手術(マイクロサージェリー)では術野が狭く、複雑な操作ができないため、開頭手術に切り替わります。
- 残存腫瘍に、放射線の外照射が試みられますが、有効率は4%程度しかありません。
病変への選択性が高いガンマナイフ、サイバーナイフによる治療方法もあります[Hormones (Athens). Jan-Mar 2016;15(1):122-8.]。ガンマナイフの難点は視神経障害です。TSH産生下垂体腺腫の直上には左右の視神経が交差していて、視神経は放射線に弱く、障害を受けやすいのです。そのため少ない放射線量しか照射できず、効果不十分になります[Int J Radiat Oncol Biol Phys. 2013 Nov 1;87(3):524-7.]。
また、一般的に10年以内で約30%で放射線誘発性下垂体炎(下垂体機能低下症)も起こります(Endocr Res. 2017 Nov;42(4):318-324.)(J Neurosurg. 2018 Nov 9.)。
- オクトレオチド(サンドスタチン®)投与により、
①80%以上で、特に組織生検・摘出標本でソマトスタチン受容体2型(SSTR2A)陽性であれば、甲状腺機能は速やかに改善(Endocr J. 2007 Jun;54(3):371-8.)。
②3分の1で、特にSSTR5陽性なら長期的な効果で腫瘍の縮小(Endocr J. 2007 Feb;54(1):133-8)。
欧米では術前投与としても使われますが、日本では保険適応がないため、対症的にβ遮断薬(βブロッカー)を使うのみです。
成長ホルモン(GH)産生下垂体腺腫はオクトレオチド(サンドスタチン®)が保険適応なので、GH/TSH同時産生腺腫には使用できます。
また、消化管ホルモン産生腫瘍(VIP産生腫瘍、カルチノイド症候群をおこすカルチノイド腫瘍、ガストリン産生腫瘍(ガストリノーマ)は、オクトレオチド(サンドスタチン®)が保険適応なので、TSH産生下垂体腺腫と消化管ホルモン産生腫瘍が合併する場合[多発性内分泌腺腫症1型(MEN1)]にも使えます。
極めて稀に異所性TSH産生腫瘍の報告があります。と言っても、下垂体近傍で、異所性TSH産生下垂体腫瘍(下垂体腺腫)と表現されています。発生場所として、
- 下垂体前葉―後葉の中間部[Acta Neurochir (Wien). 2018 Oct;160(10):2001-2005.]
- トルコ鞍上部[World Neurosurg. 2016 Nov;95:617.e13-617.e18.]
- 蝶形骨洞[Steroids. 2020 Feb;154:108535.]
- 鼻咽頭[BMC Cancer. 2014 Jul 28;14:544.][Thyroid. 2013 Sep;23(9):1172-7.][Medicine (Baltimore). 2017 Dec;96(50):e8912.]
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長崎甲状腺クリニック(大阪)とは
長崎甲状腺クリニック(大阪)は日本甲状腺学会認定 甲状腺専門医[橋本病,バセドウ病,甲状腺超音波(エコー)検査など]による甲状腺専門クリニック。大阪府大阪市東住吉区にあります。平野区,住吉区,阿倍野区,住之江区,松原市,堺市,羽曳野市,八尾市,浪速区,天王寺区,東大阪市,天王寺区,生野区も近く。