脳下垂体と甲状腺--TSH産生下垂体腺腫 [甲状腺 専門医 橋本病 バセドウ病 内分泌 甲状腺超音波(エコー)検査 長崎甲状腺クリニック(大阪)]
甲状腺:専門の検査/治療/知見① 橋本病 バセドウ病 専門医 長崎甲状腺クリニック(大阪)
甲状腺専門の長崎甲状腺クリニック(大阪府大阪市東住吉区)院長が海外・国内論文に眼を通して得た知見、院長自身が大阪市立大学 附属病院 代謝内分泌内科で得た知識・経験・行った研究、日本甲状腺学会で入手した知見です。

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Summary
TSH不適切分泌症候群(SITSH)の一つTSH産生下垂体腺腫の88%はマクロアデノーマ、成長ホルモン(GH)産生下垂体腺腫と合併あり。甲状腺機能亢進症の症状。甲状腺がん、バセドウ病合併も。ダイナミック下垂体MRI・TRH負荷試験(92%が反応しない)で診断。正常反応した場合、非機能性下垂体腫瘍と甲状腺ホルモン不応症(レフェトフ症候群)の合併と鑑別。保険適応外検査(血中の性ホルモン結合蛋白SHBG, TSHαサブユニット)高値。治療は経蝶形骨洞的下垂体腺腫摘除、放射線外照射。オクトレオチド(サンドスタチン®)で甲状腺機能改善・1/3で腫瘍縮小(保険適応なし)。
Keywords
下垂体,甲状腺刺激ホルモン,TSH,甲状腺ホルモン,TSH不適切分泌症群,SITSH,TSH産生下垂体腺腫,甲状腺.ダイナミック下垂体MRI,TRH負荷試験
TSH不適切分泌症候群(SITSH)とは
T3によるTSHのネガティブフィードバックの破綻により、TSHが抑制されることなく過剰に分泌される状態を、TSH不適切分泌症候群(SITSH)と言います。血液検査では、FT4やFT3が高値にもかかわらず、TSHは正常あるいはむしろ軽度上昇になります。
下垂体腫瘍でTSHを分泌するTSH産生下垂体腺腫が該当します。
- 甲状腺ホルモン不応症
- 偽高値(本当のTSH、fT3、fT4は正常だが、異常値に出てしまう)
- アラン・ハーンドン・ダッドリー症候群;増加はFT3、FT4は減少
- SBP2遺伝子異常症 ;増加はFT4、FT3は減少
TSH産生下垂体腺腫は
- 下垂体腺腫の約1-3%を占め、88%は1cm以上のマクロアデノーマ(大型の腺腫)です。(Eur J Endocrinol. 2003 Apr; 148(4):433-42.)
- 多発性内分泌腺腫症1型(MEN1)の一部の事があります。
- 成長ホルモン(GH)産生細胞と同じ細胞系譜で、成長ホルモン(GH)産生下垂体腺腫と合併する事があります。

TSHを産生する下垂体細胞が腫瘍化する原因は不明ですが、TSH産生下垂体腫瘍では、TSH分泌量を調節するためのTRβ(甲状腺ホルモン受容体β)の遺伝子変異が報告されています。
甲状腺専門医でも知らなくてよい事ですが、具体的には
- 新規TRβアイソフォーム(構造が異なるTRβ)TRβ4の発現比率が増加;TRβ4はT3と結合せず、かつ正常なTRに対して軽い阻害作用を有します。(J Clin Endocrinol Metab. 2011 Jun;96(6):E948-52.)(Endocrinology 153:492-500, 2012)
- TRβ(甲状腺ホルモン受容体β)遺伝子(R338W)の点突然変異
が報告されています。
難しい話はさて置き、甲状腺ホルモンによる正常な抑制が掛からないため、制限なくTSHを分泌するTSH不適切分泌症候群(SITSH)起こします。
(表)バーチャル臨床甲状腺カレッジより引用
TSH産生下垂体腺腫の症状は、
- TSHの無制限の分泌による中枢性甲状腺機能亢進症(下垂体性甲状腺機能亢進症)です。眼症状、関節症、前脛部粘液水腫など自己免疫抗体による症状を除いた甲状腺機能亢進症/バセドウ病の症状と同じです。
- TSHが無制限に甲状腺を刺激するため、甲状腺腫大(甲状腺の腫れ)
- さらに、下垂体腫瘍・脳腫瘍独特の頭蓋内圧亢進による頭痛、視野・視力障害があります。
マスクされる中枢性甲状腺機能亢進症(下垂体性甲状腺機能亢進症)
TSH産生下垂体腺腫による中枢性甲状腺機能亢進症に、
- 橋本病による甲状腺の破壊
- 双極性障害でリチウム剤(リーマス®)服用;(ヨードの甲状腺濾胞細胞内への取り込みが阻害され甲状腺ホルモン合成障害)
があると、TSH刺激に反応して、甲状腺ホルモンを合成できず、中枢性甲状腺機能亢進症がマスクされます。
TSH産生下垂体腺腫で
- TSH は基準値内が多く
- FT4、FT3 の増加も軽度で、一過性に基準値を呈する症例もある
ため注意を要します。(第57回 日本甲状腺学会 O5-3 TSH 産生下垂体腺腫13 症例における甲状腺機能の検討)

- ダイナミック下垂体MRI:大阪市立大学病院 代謝内分泌内科(一連の入院検査になります)、あるいは東住吉森本病院に依頼。下垂体の偶発腫瘍(インシデンタローマ)は、かなり多く(下垂体腫瘍の約10%)、TSH産生下垂体腫瘍は稀(下垂体腫瘍の約1%)なので、下垂体腫瘍が見つかってもTSH産生下垂体腫瘍と即断してはいけません。
- TRH負荷試験:大阪市立大学病院 代謝内分泌内科に入院して行います。
・TRH注射液(プロチレリン or ヒルトニン®)(200~500μg)をゆっくりを静注。
マクロアデノーマでは下垂体卒中に注意、鞍上部に達するものは避けた方が良い。GnRHとの併用負荷で起こり易い。頭痛が初期症状で2時間以内に起こる。すぐにMRI(CTよりも良い)を撮る。
妊婦は一過性甲状腺中毒症の危険あるので禁忌。
悪心・嘔吐の副作用ある。
・注射前、30分、60分後にTSHとプロラクチンを測定
注射前と120分後にT3を測定、増加したTSHの生物活性(甲状腺を刺激できる正常な構造のTSHかどうか)を確認します。
・TSH産生下垂体腫瘍の92%がTRHに反応しません(TSHの頂値が基礎値の2倍以下が多い)
健常人や甲状腺ホルモン不応症(レフェトフ症候群)、非機能性下垂体腺腫では、TSHはTRHに反応して増加(ピークは30分で10μU/ml以上)
- 保険適応外検査(血中の性ホルモン結合蛋白SHBG, TSHのαサブユニットが増加)
αサブユニット/ TSHモル比>1.0(ただし、ゴナドトロピンのαサブユニットが混ざるので閉経後・妊娠中の女性は除きます)成長ホルモン(GH)産生下垂体腺腫の合併を証明すればTSH産生下垂体腫瘍の可能性大(成長ホルモン(GH)産生下垂体腺腫用の負荷試験)
- 組織生検(脳外科に頼んでも、めったに行ってくれないが)、あるいは手術で摘出した下垂体腫瘍組織の免疫組織染色行い、腫瘍細胞内のTSHβ鎖、TSHが染色されるのを確認。
オクトレオチド50μg負荷試験;
日本では保険適応がありませんが、TSH産生下垂体腫瘍の治療にオクトレオチド酢酸塩(サンドスタチンLAR®)を用いる場合、効果判定・投与量や投与間隔の決定のためオクトレオチド50μg負荷試験を行うことがあります。しかし、オクトレオチド50μg負荷試験はTSH産生下垂体腫瘍の診断確定が目的ではありません。
TRH負荷試験で正常反応した場合
TRH負荷試験で正常反応した場合
- 非機能性下垂体腫瘍と甲状腺ホルモン不応症(レフェトフ症候群)の合併の可能性
- TSH産生下垂体腫瘍の8%がTRHに反応
非機能性下垂体腫瘍と甲状腺ホルモン不応症(レフェトフ症候群)の合併
TRH負荷試験で正常反応した場合、非機能性下垂体腫瘍と甲状腺ホルモン不応症(レフェトフ症候群)の合併の可能性が生じます。鑑別は難しく、搦め手(からめ手)として、
- 保険適応外検査(血中の性ホルモン結合蛋白SHBG, TSHのαサブユニット)
- 甲状腺ホルモン不応症(レフェトフ症候群を確定する遺伝子検査が陽性に出れば、TSH産生下垂体腫瘍は否定される。[ただし、甲状腺ホルモン不応症(レフェトフ症候群)でも15%は陰性(nonTR-RTH)]
TSH産生下垂体腫瘍の8%がTRHに反応
報告例では、TSH基礎値18.5μIU/mL、頂値15分98.5(過剰反応)で、下垂体腫瘍摘出標本の免疫染色でTSH-βとプロラクチン(PRL)が陽性(TSH産生下垂体腫瘍確定)、同じく摘出標本の遺伝子解析でTRβの体細胞変異R338Wが検出されたそうです。同時に腺腫組織の定量的PCR法でTRHリセプターの過剰発現も確認されました。術後TSH値は低下し、TRHに対する過剰反応も消失します。(第60回 日本甲状腺学会 P2-10-4 SITSHとTRHに対する過剰反応を示したTSH産生下垂体腺腫: 甲状腺ホルモン受容体の体細胞変異R338Wとその臨床的解析)
成長ホルモン(GH)産生下垂体腺腫の合併を証明すればTSH産生下垂体腫瘍の可能性大(成長ホルモン(GH)産生下垂体腺腫用の負荷試験)
TSH産生下垂体腺腫は甲状腺ホルモン不応症(レフェトフ症候群と比べて、
- 家族性がない(甲状腺ホルモン不応症でも25%は家族性が確認できず、散発性とされます)
- ダイナミック下垂体MRIで下垂体腺腫を認める。(例え下垂体腺腫が見つかっても、非機能性下垂体腺腫、TSH以外のホルモン産生下垂体腺腫の確率の方が高い。)
- TRH負荷試験;反応が低ければ診断確定し、これで鑑別終了。(但し、8%は正常反応する)
- 保険適応外検査(血中の性ホルモン結合蛋白SHBG, TSHのαサブユニット高値)
- TRβ遺伝子診断陰性;TRH負荷試験で鑑別できない時に行う。(ただし、甲状腺ホルモン不応症でも15%は陰性)
- T3抑制試験:T3製剤で抑制されません。甲状腺ホルモン不応症では部分的に抑制されます。(明確な判定基準もなく、リスクを伴うため、実際はTRH負荷試験でTSH産生下垂体腫瘍が確定するか、TRβ遺伝子診断で甲状腺ホルモン不応症が確定すれば行いません。)
T3抑制試験の心血管障害をおこすリスクを考えれば、いっそ脳外科手術で摘出し、摘出した下垂体腫瘍組織の免疫組織染色(TSHβ鎖、TSH)した方が無難。
橋本病など甲状腺の破壊や、炭酸リチウムなど甲状腺ホルモン合成を妨げる薬剤により、TSH産生下垂体腺腫の甲状腺機能亢進症状がマスクされる事があります。要するに、TSH刺激に甲状腺自体が反応できないと起こり得る病態です。
和歌山県立医科大学の報告では、TSH 4.782 μIU/mL, FT4 0.82 ng/dL 他、下垂体前葉ホルモンの上昇も認めず、非機能性下垂体腺腫と診断され、下垂体切除術後の病理標本でTSH 陽性細胞が確認されたそうです。(第57回日本甲状腺学会 P1-099 術前に非機能性下垂体腺腫と診断されていた橋本病合併TSH 産生下垂体腺腫の一例)
極めてまれに、甲状腺機能亢進症/バセドウ病とTSH産生下垂体腺腫の合併があります。TRAb陽性で、甲状腺超音波(エコー)検査も、びまん性の血流増加認め、容易に甲状腺機能亢進症/バセドウ病と診断されます。しかし、通常の甲状腺機能亢進症/バセドウ病と異なり、TSHの抑制が不十分です。報告例では、TSH 0.08~0.13μIU/ml、FT4 2.93ng/ml、 FT3 12.17pg/ml、このFT4、FT3の値なら、TSH<0.001に抑制されねばなりません(第60回 日本甲状腺学会 P2-10-5 バセドウ病とTSH産生下垂体腺腫の合併の一例)。
また、眼痛などバセドウ病眼症を疑う様な眼症状があり、MRIを撮影すると、同時に下垂体腫瘍が見つかります。
TSH産生下垂体腺腫で、「過剰なTSH(甲状腺刺激ホルモン)が甲状腺を刺激し続けると、甲状腺がん(甲状腺分化癌の乳頭癌・濾胞癌)が発生する」。あたかも、理にかなっていますが、実は報告は少ないのです。英語論文として報告されているものは、筆者が調べて限り14例(2019年現在)しかありませんでした(World Neurosurg. 2018 Nov;119:394-399.)(Am J Med Sci. 2009 Jun;337(6):462-5.)が、母国語で報告されたり、報告されないケースを含めれば、それなりの数になるはずです。
同様の事は、同じく過剰なTSHが分泌される甲状腺ホルモン不応症 でも言える事です(J Clin Endocrinol Metab. 2013 Jun; 98(6): 2210–2217.)。
TSH産生下垂体腺腫患者における甲状腺分化癌(乳頭癌・濾胞癌)の推定発生率は4.8%とされます(Thyroid. 2015 Apr;25(4):417-24.)。
虎の門病院の報告では、下垂体腫瘍摘出術を受けた18歳以上の内、甲状腺乳頭癌が見つかる確率は、非機能性下垂体腺腫1.0%、先端巨大症 2.2%、クッシング病 1.5%、プロラクチノーマ 0%、TSH産生腫瘍 3.1%だったそうです。ただし、TSH産生腫瘍が疑われる患者には、甲状腺超音波(エコー)検査を行う頻度が高かった可能性のバイアスが掛かるため、コホート研究が必要でしょう(第60回 日本甲状腺学会 P2-10-9 下垂体腺腫の患者の甲状腺乳頭癌の発生について)

TSH産生下垂体腺腫の治療は、
- 脳外科による腫瘍の摘出術です。[経蝶形骨洞的下垂体腺腫摘除(経鼻的下垂体手術;鼻の奥から副鼻腔(経蝶形骨洞)に入り、骨に穴を開け脳下垂体に至る)]を行いますが、半数以上で腫瘍を完全に切除できません。(図;経蝶形骨洞的下垂体腫瘍摘出術(Hardy法) girls channel netより)
但し、腫瘍が視神経に絡みついている場合、経蝶形骨洞の顕微鏡手術(マイクロサージェリー)では術野が狭く、複雑な操作ができないため、開頭手術に切り替わります。
- 残存腫瘍に、放射線の外照射が試みられますが、有効率は4%程度しかありません。
- オクトレオチド(サンドスタチン®)投与により、
①80%以上、特に組織生検・摘出標本でソマトスタチン受容体2型(SSTR2A)陽性であれば、甲状腺機能は速やかに改善(Endocr J. 2007 Jun;54(3):371-8.)。
②3分の1で、特にSSTR5陽性なら長期的な効果で腫瘍の縮小(Endocr J. 2007 Feb;54(1):133-8)。
欧米では術前投与としても使われますが、日本では保険適応がないため、対症的にβ遮断薬を使うのみです。
成長ホルモン(GH)産生下垂体腺腫はオクトレオチド(サンドスタチン®)が保険適応なので、GH/TSH同時産生腺腫には使用できます。
また、消化管ホルモン産生腫瘍(VIP産生腫瘍、カルチノイド症候群おこすカルチノイド腫瘍、ガストリン産生腫瘍)は、オクトレオチド(サンドスタチン®)が保険適応なので、TSH産生下垂体腺腫と消化管ホルモン産生腫瘍が合併する場合[多発性内分泌腺腫症1型(MEN1)]にも使えます。
甲状腺関連の上記以外の検査・治療 長崎甲状腺クリニック(大阪)
- 甲状腺編
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- 内分泌代謝(副甲状腺/副腎/下垂体/妊娠・不妊等
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